控えめオスラと花のうさぎ~過去編5(新生編前日譚3)

グ・ラハ・ティアの回想

それは、なんとも奇妙な出会いだった。

あの時オレは、聖コイナク財団から連絡を受けて、エオルゼアへ向かう準備をしている最中だった。
――第七霊災の影響で地上に現れた古代アラグ帝国の遺産、クリスタルタワー。
近々本格的な調査が行われることになって、その目付け役にオレが抜擢されたというワケだ。
バル島からオールドシャーレアンに渡り、バルデシオン委員会の仲間のクルルに手伝ってもらいながら、オレは旅支度と資料の読み込みを進めていた。  

オレにとって古代アラグ文明は生まれた時から色々と因縁があって。今回の調査で、幼いころから悩んできた体質についても何か納得できる事実が分かるかもしれない。
期待と不安に尻尾を揺らしながら、連日寝食を忘れて資料漁りに没頭していた。
そんなオレが健康を損ねないか心配したんだろう。その日クルルはオレをラストスタンドへ誘ってくれたのだった。

「楽しみなのは分かるけど、無茶しないでね。ラハ君、根を詰めるところあるから……」
 眉根を寄せるクルルに、オレは返す言葉もなく、笑って誤魔化しながら賢人バーガーを頬張る。  

その時だった。ラストスタンドの端の席が、俄かに騒がしくなり、数人が食事をやめて、街の奥へと駆けていった。どうやら街の巨大保管施設・ラヴィリンソスで騒ぎを起こしている者がいるらしい。 今離席した数人は恐らく施設の職員だろう。
平時、穏やかな空気のオールドシャーレアンでこういった騒動は珍しい。無性に興味をそそられたオレは、残りの一口を口に放って飲み物を流し込み、呆れた様子でこちらを見るクルルに食事代を渡し、職員の尾行を始めたのだった。

昇降機を降り、地下のラヴィリンソスへ到着する。そこは既に関係者やグリーナー達でごった返し、ざわざわと話声が響いていた。 漏れ聞こえてくる話から察するに、施設内の生き物を刺激し、暴走させた者がいて、混乱状態に陥っているようだ。 新人で勝手の知らないグリーナーがやらかしたのか?そう頭を捻っていると、不意にざわめきが大きくなる。
『こっちに向かって来たぞ!逃げろ!』
 職員が叫び、散り散りに逃げる人々。 そして、やや遅れて「まってーーーーー止まってよ~~!!!!」と情けない悲鳴が響き渡った。
なんだなんだ、と見れば、興奮状態で走り回っているヤーコウとその背にしがみついたヴィエラ族の姿が見える。小柄な背格好……少年だろうか。 恐らく牧場担当の職員がじきに止めに入るだろう……と思っていたが、一向にそんな気配はなく、気付けば周りの人々は散り散りに逃げ去っていた。
――まさか、オレにアレを止めろと!?
文句の1つでも言いたいところだったが、あのままじゃ暴走は止まらないだろうし、振り飛ばされて大けがをされても気分が悪い。 オレが麻酔薬を含ませた矢を番え、急所を外した部位に当てれば、ヤーコウがふらつき始める。 今だ、飛び降りろ!そう叫ぶと少年はハッと顔を上げ頷くと「えいやっ!」と声を上げ、牛の腹を蹴り飛び上がった。
綺麗に受け身を取るのが見え一瞬ホッとしたのも束の間、彼は勢い余って近くの茂みにダイブする。慌てて駆け寄れば少年はすっかり目を回してしまっていた。
「ふあああ…お空がまわってるぅ……」
「おい、大丈夫か…?」
 ヤーコウが完全に失神しているのを確認してから少年の元へ駆け寄り、肩を支える。種族特性上、オレより背格好は大きいが、何処か幼さを感じる顔立ちだ。

とりあえず事情だけでも訊いておくか。そう思い「あんた、新人のグリーナーか?」と尋ねると、言っている意味が分からないのか首を傾げ、たどたどしく事情を話し始める。
「ええとね。本当はエオルゼアに行きたかったんだけど…座標がズレちゃって」
 エオルゼア。今度オレが向かおうとしている遠い東の地域じゃないか。一体何をどう間違ったらそんな大変なことになるんだ。
「凄い事故だな……一体どこから飛んで来たんだ?」
「ボクのふるさとだよ!場所は空の…………むぎゅ」
 途中まで話しかけて、彼は不意に口を噤んでしまう。そして何か誤魔化すように耳をぴこぴこと手で動かす謎のポーズを取って見せた。明らかに怪しいが、不思議と悪意があるようには見えない。
「まあいいか、事故で混乱してる所悪かったな。オレの名はグ・ラハ・ティア。あんたは?」
「ボクはね!ブロッ……むむむ」
 再び一瞬何か言おうとするが、黙り込んでしまった。本人すら制御出来ない何らかの作用でも働いているのだろうか。 しかし、名前を呼べないというのも困ったもんだな……。

そう思案していると、不意に異国風のくすんだ香りが鼻に触れる。 振り返ると、気を失っているヤーコウの足元に壊れた木箱と樹脂が散乱していた。 先ほど逃げていった連中の誰かが落としていったのだろうか? オレが樹脂を拾い集めていると、少年も真似をするように樹脂を手に取り始める。
「なんだかとっても不思議…いい匂い!」
 目を輝かせ、くんくんと鼻を鳴らす彼に「…食うなよ?」と忠告すると、ビクッと耳を揺らしてこちらを凝視し、コクコクと頷いた。――危ないところだった…
「さて、これを落とし主に返さないとな」
「あ、もしかしてボクのせいで落としちゃった…?」
「だな。ちゃんと謝るんだぞ?」
 オレがそう言い含めると、「わかった!」と元気よく返事をしてオレの後についてきた。よしよし。知らんぷりして逃げようとしたら首根っこ掴んで連れていこうかと思っていたが、人並みの良識は持ち併せているようだ。

落とし主は意外にもあっさりと見つかった。木箱を抱えて歩くオレ達に気づいたのか、施設の女性職員が駆け寄って声をかけてきたのだ。「迷惑かけてごめん!」と勢いよく頭を下げる少年に、職員は「大丈夫ですよ、サンプルも無事でしたし」と大らかに微笑む。 暴走したヤーコウは麻酔の矢で眠らせたので、後で回収して欲しいと告げれば、彼女は頷き礼をする。
概ね話がついたところで、少年は不意にずい、と身体を乗り出した。
「ねえねえ、そのいい匂いの石、何ていうの?」
「これは『ミルラ』。石じゃなくて樹脂ね。香料として広く使われているものよ」
「ジュシ…?コウリョウ…?」
 彼女の説明に首を傾げるも、まあいいか!あとで調べとこ!と呟き、説明の続きをせがむ。 ――ヴィエラと言ったら森に住まう種族の筈だが、木に関する知識が無いのだろうか?

頭を捻るオレをよそに、幾分気を良くした職員の女性は、ミルラの樹脂を手に取りながらその用途や効能について熱心に語り始めた。
エオルゼアのザナラーン地方で古くから祭具として使用される貴重品であり、死者を弔う際に遺体を腐敗から守る薬品として重宝された時代もあったらしい。
「高貴な身分の人々に愛されてきたミルラですが、最近は研究が進んで、消毒や消炎の錬金薬への応用が期待されているんです。ゆくゆくは量産技術を整えて、市井の人々にお香や薬として活用される時代が来れば、研究者冥利につきるというものですね」
彼女の説明にへぇ、と声を漏らす。祭具としての話は少し聞いたことはあったが、最近の薬品開発の事まで耳にするのは初めてだ。 すると、隣で話に聞き入っていた少年は「よし」と拳を握りしめ勢いよく立ち上がる。

「決めた!ボク、これから『ミルラ』って名乗る!!」
「は?」
 脈絡のない宣言に思わず声が出てしまった。困惑するオレを彼はキラキラした目で見つめる。
「この子のお話聞いて思ったんだ。古くから大切なものを守って、これからも沢山の人の役に立つ、とってもステキな名前――。だからボクは今日から『ミルラ』だ!」
「あのなぁ……」
 いくら何でも安直すぎないか、と口を挟もうとしたが、研究員の女性が「まあ、嬉しい!」と明るい声を上げる。
「そういえば、森を出たヴィエラ族は故郷の名前とは別に、ご自身が気に入った物事の名前を名乗るのでしたね。その名にミルラを選んで頂けるなんて!」
「うん!ボクもどうしようかな~って思った所だったんだ。ありがとうね!!」
 そう言ってすっかり意気投合した二人は握手を交わし、女性は上機嫌で木箱を運搬用のチョコボに乗せ、仕事へ戻っていったのだった。

「じゃあ、改めて自己紹介。ボクの名前はミルラ! ぐらはてぃあくん、よろしくね!!」
「あ、ああ……よろしくな……ミルラ」

満面の笑みで差し出された手を握り、どこか釈然としない気持ちを抱えたまま、俺たちは握手をかわしたのだった。

ひとまず外に出よう、と提案し俺と、謎の少年改めミルラは昇降機を使用して地上へ上がった。一先ず外へ出て話でも…と思っていた矢先、突如哲学者議会の議員数人が物々しい様子でこちらへ近づいてきて、ミルラに同行を求めてきた。
彼は首を傾げながらも「いいよ~」と頷き、オレにちょっと待っててね、と言って姿を消してしまった。……あまり深く考えていないようだったが、要は先ほどの件の事情聴取なのでは?

しばらくすると、クルルが姿を現し「やっと見つけた!」と駆け寄ってきた。 どうやら、何時までたっても戻らないオレを心配して探していたらしい。 一連の出来事を彼女に伝えると「それは心配ね……」と眉を顰めた。
「けれど、悪気があった訳じゃないし、そもそもこの程度のことで哲学者議会へ呼ばれたりするものかしら?」
「オレが見た限りでは、重要な施設に侵入した様子も無かったしな。もしかして何か別の目的が…?」

すると、議事堂の方から足音が聞こえ、振り向けば当のミルラがこちらへ戻ってくるのが見えた。 彼の隣には何と、シャーレアン魔法大学の学長、モンティシェーヌ殿の姿があり、オレとクルルは思わず顔を見合わせる。
「ごきげんよう、バルデシオン委員会のお二方。お連れの方を突然お借りして申し訳ない」
「モンティシェーヌ殿。彼は……」
 オレが経緯を説明しようと口火を切ると、彼は「皆まで言わんでもよい」と制止する。
「ラヴィリンソスのことも、まあ多少はあったが。それとは別に、我々哲学者議会として、この子と折り入って話があっての。決して後ろ向きな話ではない。彼の来訪は寧ろわしらにとって僥倖とも言えよう」
 そう言って彼はミルラにニッコリと微笑みかけ、ミルラも「えへへ」と嬉しそうにはにかんだ。
「――だからこそ、出来ればこの哲学者議会の元へ留まって欲しいとお願いしたのじゃ。あえなくフラれてしまったがの!」
「うん。ボク、ウイキョーに会わなくちゃ!」
「ウイキョウ?」
 オレ達が首を傾げていると、モンティシェーヌ殿はうむ、と頷く。
「エオルゼアに『ウイキョウ・ユキノシタ』と言う名の探し人が居るようじゃの。まあ、いずれ彼にも目的があるようじゃから、これ以上引き留める道理もなかろうて。 お主らバルデシオン委員会なら向こうの状況にも明るいじゃろう。いい具合に面倒をみてやっとくれ。――では少年よ、よい旅を」
 そう言い残し、彼は飄々とした口調のまま、その場を去っていく。 あっけにとられるオレとクルルをしり目に、ミルラは「またね~!」と大きく手を振るのだった。

一先ず場所を変えてゆっくり話をしよう。そう言って、オレ達はバルデシオン分館へと足を運んだ。……のだったが。
 外に出た瞬間『空が青い!!』と叫んだり、海を指して『あの大きな水たまりは何?』と訊いたり。草木を指して『緑の不思議な生き物がいっぱいいる!』とはしゃいだり。 見るもの全てが新鮮らしく、数歩進むごとに大騒ぎするか、質問ぜめをしてくるものだから、何時もの道を歩くのに物凄い時間を費やしてしまった。
 ナップルームに入り扉を閉めた瞬間、オレとクルルは疲労でぐったりと肩を落とす。
――まるで子供だ。というか子守りだ。聞き分けがいいのは唯一の救いかもしれないが。

そんなこちらの気も知らず、うきうきと賢人バーガーを頬張っているミルラに少しだけ恨みがましい視線を向けつつも、オレは改めて今までの経緯を尋ねた。
 どうやら、彼は『とても遠い所』からやってきたらしい。聞けばその里に住まう者には厳格な掟が課されていて、里に関する一切のことを口外出来ないよう、特殊な術が施されているようだ。最初に会った時、会話が要領を得なかったのは、どうもこの術が原因らしい。
……そんな人間の尊厳に障るような術が現代に存在するのか、と思わず顔を顰める。
ともあれ、彼は普段外へ出ることを禁じられている中、特例として、件のウイキョウという冒険者に会って仕えるために、エオルゼアへ向かった。しかし、転移魔法の誤作動でこの北洋の地に降り立ってしまった。……そして、不時着したラヴィリンソスで偶然見かけたヤーコウをあろうことか尋ね人と間違えて追い回し、あのような事態を招いたという。

「だって、ウイキョーは頭に大きな角がついてるって教わったから……」
 しょんぼりと耳を伏せる彼を見、オレは「そ、そうか……」と頭を抱えるしかなかった。色々と言いたいことはあるが、頭ごなしに否定しなくない気持ち半分、ツッコむのもめんどくさい気持ち半分、といったところだ。
かといって呆れているだけでは始まらない。オレとクルルはこの世界には様々な姿かたちの人が暮らしていること、中には獣人や蛮族と呼ばれる魔物や動物に近い見た目をした者もいるが、概ね二足歩行で言葉によるコミュニケーションが可能な者であるということ。そして、彼が探しているのは状況から察して、恐らくアウラ族の冒険者であろうことを説明した。
 彼はオレ達の話をしっかりとメモを取りながら聞き、しっかりと頭に入れた様子だった。
「ありがとう!二人とも、小さな子供なのにすごいね!!」
「こ、子供!?」
 思わず声が裏返るオレ。近くでクルルが小さく噴き出すのが聞こえた。

「あ、違った。ここのヒト、みんな体が小さいけど、ちゃんとした大人なんだよね。さっき、ガクチョーさんが教えてくれたんだった」
「ふふ…!そうよ、私のようなララフェル族なんて、こう見えて立派な大人なんだから」
 助け舟を出すクルルに救われた気持ちになりながらも、やはりショックは拭えない。身長や体格の話題になるとどうも尾の毛が逆立ってしまうのだ。

――これで一通りの話は訊けたものの、問題は山積みだ。
エオルゼアにおいて、アウラ族は比較的珍しい種族ではあるものの、移民や冒険者として訪れるケースも増えているため、見つけるのにそこそこの時間を要するだろう。
 そして何より、今のミルラは…言い方は悪いが、常識と言ったものが無い。 野盗や悪徳商人がそこら中で闊歩するエオルゼアを歩き回れば、探し人にたどり着く前に路頭に迷うのは目に見えている。
「オレもそのうち向こうには行くけど付きっ切りって訳にもいかないし…」と悩んでいると、それなら、とクルルが提案する。
「ベスパーベイにいる『暁の血盟』に相談してみるわ。能力のある冒険者がいないか、各地で網を張っているはずだから」
「成程!その手があったな」
「それで、そのユキノシタさんが見つかるまで、ここで里の外の世界について学んでいったらどうかしら?」
 クルルの提案に、ミルラは「いいの!?」と眼を輝かせ、オレ達は大きく頷いた。 元はと言えばオレが好奇心で騒ぎに首を突っ込んだのが始まりだし、哲学者議会直々に託された以上、見捨てるわけにもいかないだろう。
「ありがとう!!これからもよろしくね、ぐらはてぃあ君!!」
 ブンブンを握手を交わされ、オレはやれやれ、と耳を伏せる。
「ああ、それと呼び名はラハでいいよ。よろしくな」

――こうして、期せずして賑やかな日常が始まった。
 クルルは、彼女や俺の蔵書の中から子供向けの教育絵本や図鑑を持ち出しミルラに提供し、仕事や調査の準備の合間を縫って、この世界の基礎知識を教えていった。
 当初、子供に一から教育する位の手間がかかるものと覚悟していたが、意外にも彼は凄まじい勢いで本の内容を読解してゆき、2,3日程度で自分のものにしていた。 どうやら、実物を知らないだけで、額面上の知識はかなりのレベルに至っているようだ。
 それならば、と次は外の世界を体験させる。まずは街の機能を教えるところから始まり、オレの買い出しの手伝い、1人での買い物…と一つ一つ階段を上げていく。 オールドシャーレアンの住民たちは、最初怪訝そうにこちらを見ていたものの、新しいことを楽しそうに学ぶ姿を目にすると、概ね何も言わずに見守ってくれた。知の探求を重んじる国民性によるものだろう。

 そんな様子が目に留まったのか、ある日、魔法大学の職員が分館を訪れ、ミルラを連れ、文化学部の研究室へと彼を招いた。夕方にナップルームへ帰ってきたミルラは、大量の植物図鑑や文化人類学の書物、そして何故かやたらとファンシーな衣服を大量に持ち帰ってきた。 どうやら、学長の計らいで研究室から不要になった衣類や書物を譲り受けてきたらしい。
学生でも無いのに破格の対応。……哲学者議会側にもなんらかの思惑があるのだろう。 それにしても何故学術書と一緒に女性服を…?と思わなくもないが細かいことは気にしてはいけない。多分。
 以降、ミルラは自分の旅支度とオレの手伝い、大学の見学、書物の読み込みと、いっそう忙しい毎日を送った。
――その無邪気で危なっかしい印象とは裏腹に、彼はとても勤勉だった。ここへ来た初日は本物の樹を見ただけで歓声を上げていたが、今はもう各地の植生や食用作物について一通り語れる位になっている。特にも植物の『花』に関しては関心が強いらしく、この間はニメーヤリリーについて熱心に調べていたんだったか。

そんなこんなで早くも1週間少しの時間が過ぎたころ、ミルラはややふらついた足取りでオレの部屋を訪れた。どうやら、エオルゼアの歴史を調べていく中で、古代アラグ文明に行き当たり、関係する本を読んでみたいというのだ。しかし、目はうつろで足取りも覚束ないので一先ずソファに座らせ、コーヒーを淹れて差し出した。
「!!??なにこれ!苦あぁ~~い……」
 一口啜り、長い耳がブワっと逆立っているのを見、オレは思わず噴き出した。
「そっか。コーヒーも飲んだこと無いんだもんな」
「こーひー?そういえば図鑑で見たような…?ヒトは、こんな苦いのも飲むの?」
「そ。苦味を味わいつつ眠気を吹き飛ばす。調べものには欠かせない飲み物さ」
 そう説明しながら一度彼のマグカップを預かり、ミルクと角砂糖を入れ、かき混ぜる。恐る恐る口にしたミルラは次の瞬間、パッと表情を明るくした。
「甘くなった!同じこーひーなのに、こんなに変わるんだね!」
「だな。調味料や乳製品で苦みを和らげて飲みやすくする。人間の知恵ってやつだ」
「すごいなぁ……」
 彼はひとしきり感動すると、美味しそうにコーヒーを飲み干した。しかし、その表情は少し浮かない。

「――ねえ、ラハ。古代アラグ帝国って、なんで滅んじゃったのかな。このコーヒーよりもさらに凄いこと、沢山考えてたヒトたちなのに……」
 唐突な質問に、オレは首を傾げる。第四霊災のことやメラシディアとの戦争について聞きたいのかと思ったが、どうもそうではないらしい。 今よりも優れた文明にまで成長した国が、満たされていた筈のヒトがどうして争い、技術を持て余し自滅してしまったのか、と。
 オレは、思わずうーん……と唸りながらも自分なりの考えを伝える。
「推察でしか無いが、色々だろうな。豊かになればその分欲も出る。嫉妬もする。何より豊かなで贅沢な暮らしを皆で続ければ資源も枯渇する。あとは……そうだな。あまり考えたくは無いが、『退屈』を持て余してわざと争いを引き起こす性質も人は持ち併せているとか。そんな説もある」
「え!そんな!!?困るよ……せっかくいい環境を提供しても争っちゃうなんて……」
「提供?」
「え、あ、ううん。何でもない」
 ミルラは少し慌てた様子で目を逸らしマグカップを弄る。これも『里の掟』で言えないことなのだろうか。だが、何故か後ろ暗い理由では無いようにも思えた。

「まあ、確かに人である以上限界はある。利害を越えることが出来ず潰し合うことも。高い理想を持っても力及ばす滅んでしまうこともな。……だけどさ、そればかりじゃないんだぜ?」
 小首をかしげるミルラに、オレはウインクをして、絵本を数冊手渡した。角が丸まり、手垢で少し汚れたその本を彼は青緑の瞳をパチパチさせながら読み始める。
「この世界には時に『英雄』というすごい人が現れる。絶望的な圧政を敷く者に我が身を顧みず剣を取る者。果ての無い争いに終止符を打つために言葉を尽くす者。未曽有の災害に諦めず立ち向かった者――。彼、彼女らは、時に人の力や心の限界をも超えて見せるんだ」
「――うん、この本に描かれているのはすごいヒトばかりだ。でもどのお話も1人や数人…これだけの人数で本当にどうにかなるの?」
「まあ、その本はいわゆる伝説や物語だからな。脚色してる部分はあるだろう。……でも、実際一人の人物が多くの人の心を動かし、歴史を変えたという史実はいくつか存在している。オレはそうやって人の意志で新たな歴史を紡ぐ話が大好きなんだ。――いわゆる『ロマン』ってやつだな!」
「ロマン……」
 ミルラはオレの言葉を反芻し暫く黙り込んでいたが、やがて眼を輝かせ、ニッコリとほほ笑んだ。
「よくわかんない……けど、何だかすごいワクワクする!」
「だろ?」
 オレは二ッと笑い、マグカップを片付ける。
「というワケで、オレの有難~い講義はここまで!この絵本はお前にやるから大事に読んでくれよ」
 そう言って絵本を手渡すと、ミルラは「ありがとう!」満面の笑顔を見せた。部屋に来た時の憂いはどこかに吹き飛んだようで、ひとまずはホッと胸を撫でおろす。あまり根を詰めるなよ、と言いつつ。オレはナップルームへ帰るミルラを見送った。

――数日後。暁の血盟の本部『砂の家』より待ちに待った吉報がもたらされる。
『ウイキョウ・ユキノシタ』というアウラ族男性が森都グリダニアで冒険者として名を上げ、彼を近々暁の血盟へ勧誘するという。 すぐにミルラの出発が決まり、慌ただしく荷造りを終える。

そして、出発当日。……ミルラは、フリフリのメイド服を纏って、颯爽と港へ現れた。
「何だ、その格好!?」
「えへへ!かわいいでしょ?文化学部で貰ったお洋服。これ着てるとね、みんなの気持ちがホワワ~ってなるんだよ」
「そっかあ」
 周囲の唖然とした視線が彼に向いているのを感じながら、オレは静かにサムズアップした。
「――いいんじゃないか?」
「でしょ~!じゃあ、ラハ!向こうで会ったらまたよろしくね!」
 そう言って、彼は海風にスカートを靡かせながら、意気揚々とエオルゼアに旅立っていったのだった。

「ねえ、良かったの?ちゃんと教えてあげないとトラブルになるんじゃ……」
 すっかり小さくなった船尾を見つめ、クルルが心配そうにぼやく。
「あいつ、意外と物覚えいいし。なんとかなるさ」
「ユキノシタさん、ビックリしなければいいけど…」

彼女の懸念に、オレは確かに、と苦笑する。あいつは良くても訪ね先の人間は確実に仰天することだろう。
 オレも準備が整い次第モードゥナへ出立することになっているが、彼とはいつかまた会える気がする。だから、その時にでも一言謝っておいた方がいいかもしれない。

尋ね人のウイキョウって奴も何だか大物になりそうだし、いっそ謝りついでに一緒に冒険してみようか。
そんなことを空想しながら。
オレは、遥か東方、神々に愛され地エオルゼアに心を踊らせたのだった。