控えめオスラと花のうさぎ~新生編1
ミルラの回想
――神々に愛されし地、エオルゼア。
その日、ボクはついにその地へ足を踏み入れた。
長旅を終え降り立ったのは、ザナラーンの港町・ベスパーベイ。
乾いた熱気、忙しなく行き交う人々。オールドシャーレアンとはまた違った雰囲気に目を輝かせながら、ボクは目的の建物を目指し、戸を叩いた。
「はーい!今開けまっす!どういった用向きで――」
快活な声と共に扉が開き、ララフェル族の女性が姿を現す。 ……しかし、その瞬間、彼女の笑顔がこわばった。
「あの……大道芸人の方でっすか?あいにくウチはそういうのは……」
そんな彼女を前に、ボクはこんにちは!!と笑顔と大声で挨拶した。
「ボクの名前はミルラ!ウイキョーに会いに来たんだ!ダイドウゲイニン?は良く分からないけど、『リテイナー』にはなりたいです!よろしくね!!」
「いや、ですから、そういう営業はちょっと――ってえ?ウイキョウ?…リテイナー…?」
しばらくの間大きな頭を傾げて思案した彼女は、目を丸くし、「ええええ!?」と仰天したのだった。
……ああ、偉大なる事務員・タタルと出会ったのはこの時が初めてだったかな。
ボクは『お気に入りのメイド服』を靡かせながら、きょとんと彼女を見つめていたのであった。
さて、状況を理解した彼女は「なんて格好をしてるんでっすか!?」とボクの手を引き来客用のソファーに座らせると、バタバタと地下へ降りて行った。どうやら『ちゃんとした服』を探してくるらしい。
「話には聞いてまっしたが、まさかあんなエキセントリックなお人だとは……」とぼやいていたので、恐らくはバルデシオン委員会から連絡を受けていたのだろう。
ボクは書棚に置いてあった本を読んで時間を潰す。そしたら、階下から数人の冒険者グループが談笑しながら姿を現した。
やはり、ボクの格好に驚いたようだったが、「まぁ…趣味は人それぞれだしな……」とどこか遠い目をしつつそれ以上服については言及しなかった。
一方でボクの立場には興味を示し、言える範囲の事情を伝えたら、ほう!と彼らは笑顔を見せた。
「それならさっき盟主様のところに連絡があったらしいぜ。気鋭の冒険者のウイキョウ・ユキノシタ、まもなくこっちに到着するってさ」
「ほんとう!?」
「ああ!だからその時にでも『雇ってください!』ってお願いすればいいんじゃないか」
ま、せいぜい気張れよ、そう言って彼らはひらひらと手を振って出かけて行った。
彼らの言葉に、胸の高鳴りを感じた。ついに会える!「あの方」に示された、『標』となるヒトに!
……そう思うとなんだかいてもたっても居られなくなって、タタルの言いつけも忘れ、砂の家の外へと飛び出した。
じりじりと照り付ける砂漠の日差しのもと、ボクは街中をきょろきょろと見渡しながら、街道方面と港を何度も往復する。
間もなく到着する、という話だったけど、そういえば何分後、何時間後の事なんだろう?……いや、でもあの人たちも外に出てたし、きっともうすぐ来るよね。
賑わう街を眺めながら、ただただ待ち続けていると、額からぼとぼとと水が零れ落ちる。これは確か『汗』というんだっけ。ヒトに備わった体温調節の機能らしいけど、なんだか視界まで曇ってきた。
――ふと、ボクの胸の中に灰色のモヤモヤが、雨雲のように浮かんでくる。
来なかったら、どうしよう。
いくら待っても来なくて、置いて行かれて。
また、ひとりぼっちになったら、どうしよう……
焦燥感とともにふらつく足を前へ前へと進めると不意に「大丈夫ですか?」と気づかわし気な声が聞こえた。
顔を上げれば、そこには紺色をの外套を羽織った大柄な男の人がいた。
灰色の肌、白い髪、そして大きな角と長い尻尾の人。そして……この優しいエーテルの感じ。
震える声で「ウイキョー…?」と尋ねると、彼は戸惑いつつも頷き、肯定した。
……ああ、よかった。やっと、やっと会えた。
歪む視界に抗いながら、ボクは言葉を絞り出す。
朦朧とした視界と意識の中、穏やかな微笑みが見える。そして彼はゆっくりと言葉を紡いだ。
はじめまして、小さな貴方。
長い旅路を経て、私を探していたのですね。
ありがとう。
どうか、貴方のことを聞かせて下さいませんか。
その言葉が正確に聞き取ったものか、あるいは風化しかけたボクの妄想に過ぎないのか。
今となっては、本当のことは分からない。けれど。
ーーこれが、生涯の師であり父である、ウイキョウ・ユキノシタの出会いだった。