控えめオスラと花のうさぎ~新生編4

ウイキョウの日記

今日もまた、催し物に参加した。……いや、当初はただの観客のつもりだったのだが。

グリダニアのミイ・ケット野外音楽場で開催された戦勝記念コンサートは、他都市からも著名な演奏家が多数呼ばれ、盛大に開催された。
精霊へ捧げ平和を願う歌、流行りの歌、船乗りの歌、ナルザル神にささげる宗教歌……多種多様な曲が演奏され、普段静かな森都の会場は、溢れんほどの人で埋め尽くされる。

一通り演奏が終わったのち、突如拍手と人の視線が客席の私の元に集まり、黒檀商店街の役人がにこやかに私をステージへ誘導したのである。そして促されるまま、少しだけゲストとして挨拶と即興の楽器演奏をして降壇……とはさせて貰えず。凄まじいアンコールを受け、最終的に歌を披露することとなったのだ。
……腕前は玄人音楽家の足元にも及ばなかったと思うのだが、礼をして降壇する私に対して割れんばかりの拍手が起こり。大盛況のうちに演奏会は幕を閉じたのであった。

「やっぱりこうなった、だから無理に呼ばない方が良いと言ったのに」

 と、ステージ撤収の様子を横目に、ミューヌ殿は口を尖らせる。どうやら、黒檀商店街や双蛇党からの強い意向によりああいった演出がなされたらしい。少し前までのグリダニア……私がよそ者の冒険者として疎まれていた時代を思えば、扱いの変化に戸惑いを禁じ得ない。そう嘯くと、ミューヌ殿はそりゃあそうさ、と肩を竦める。

「あれだけの功績を上げていたのだから、むしろ遅すぎるくらいだ。前から君を評価してたけど外聞上口に出せなかった人もいたし、表立って称賛出来る雰囲気になったのだと思うよ」
「うむ。戦場における強い想いを唄う詩歌。お主の歌はまさに吟遊詩人と呼ぶにふさわしいものであった。――これなら、双蛇党の上層部にも話が通しやすくなるというもの」

腕組みをして頷くのは、詩歌の師・ジェアンテル殿だ。
 吟遊詩人のソウルクリスタルを手に入れた後、黒衣の森で私にその心得を時に言葉で、時に実地で説いて下さった。……その過程で彼自身が自らの後悔と向き合い、弓術の腕を取り戻したのは記憶に新しい。一時は流れの詩人として荒事から退いていたが、最近は双蛇党の戦歌隊設立にも尽力されているようだ。
 ヒューラン族の青年……サンソン大牙士にも、先程「隊の設立のため、是非お知恵をお借りしたい」と挨拶されたばかりである。グリダニアの風土もあって、保守的な傾向が強い双蛇党だが、様々な危機が山積する今の時代は新たな戦闘技術も取り入れていくべきだろう。反発にも遭うだろうが、どうにか実を結んでほしいものだ。

そうして御二方と談笑していると、ふと隣で話を聞いていたはずのミルラが落ち着きなくきょろきょろし始めた。
「どうしたのですか、ミルラ」
「――うーん、気のせいかなぁ。今そこに赤い尻尾が見えたような……」
「……しっぽ?」
 要領を得ない彼の呟きに私は首を傾げ。結局この日はそのまま解散となったのだった。

 

――さて、数日ぶりの日記だが、先日ここに綴った『赤い尻尾』の正体が判明した。

 切っ掛けはレヴナンツトールでの噂話をきっかけに関わることとなった、アラグの古代遺産『クリスタルタワー』の調査活動。入口の防衛機構を突破するための素材探しの過程で声を掛けてきた、赤毛のミコッテ族の青年こそがその正体であった。
 名をグ・ラハ・ティア。私がこの地で活躍していることを聞きつけて興味を持ち、先日の音楽祭や今回の探索活動の様子を陰から見物していたらしい。

……近頃は、良くも悪くも名が売れてしまったせいで、興味本位でプライベートに踏み込もうとする者もいる。
 だから、最初は彼もそんな人種かと思い体よくあしらうつもりでいたが、話していると意外にも良識ある性格で、無理に情報を聞き出そうとすることもなかった。

 

そして、彼がミルラの知り合いだと知り、私は目を丸くする。エオルゼアへ渡る前、シャーレアンで日常生活の補助をしてくれた人がいる、との話は本人から聞いていたのだが、まさかこんな場所で出会うことになろうとは。
 グ・ラハ殿はバルデシオン委員会から、調査活動の目付役として派遣されたものの、すぐに合流せずに各地を彷徨いていたらしく、そのことを聖コイナク財団のラムブルース殿に軽く咎められていた。……普通は立場が逆な気もするのだが、彼らの話ぶりから察するに、今に始まった話ではないのかもしれない。
 ともかく、グ・ラハ殿の提案により『ノア』と名付けられたクリスタルタワー調査団は本格的に活動を開始したが、当然調査はまだ初期段階。ガーロンドアイアンワークスにより霊砂を利用した魔具を鋳造し、遺跡入口に張り巡らされた防衛機構を破壊するころには日が傾き始めていた。

そのまま財団のテントに泊まろうとしたグ・ラハ殿だったが、泊まりの番は決まっていて、予備の宿泊場所は用意されていなかったらしい。調査の長期化も加味して滞在場所を探すように、とラムブルース殿に言いつけられ、彼は渋々宿泊場所を当たり始める。
 しかし、先のマーチオブアルコンズの勝利に沸いたエオルゼアは現在『冒険者ブーム』に沸いており、各地の宿は旅人で溢れかえっているらしい。レヴナンツトール、ウルダハ、リムサ・ロミンサ、そして最後にグリダニアの冒険者ギルドを彼と共に巡るも、すべて満室であった。

そうなると、あとはエーテライトのある町や集落の宿を虱潰しに探すしかなくなってしまう。腹減った……とげんなりするグ・ラハ殿を見、取り合えず食事だけでも、と声を掛けようとしたとき、リンクパールが鳴り、ミルラからの通信が入った。
 どうやら別件で依頼をこなしていた所たまたま近くまで来たらしく、今日は私のアパルトメントへ泊って行きたいのだという。二つ返事で了承していると、隣にいたグ・ラハ殿がピン、と耳を立てた。
「ミルラ……ミルラと話しているのか!?」
『その声!ラハなの!?』
 漏れ聞こえた音声を頼りに、互いの存在を感知した二人は驚きの声を上げる。流石、聴覚の良さに定評のある種族だ。――そこで、私は至極シンプルな提案を思いついた。

「グ・ラハ殿。もし宜しければ私のアパルトメントへ泊まって行きませんか?」
「え!いいのか!?」
 驚いて振り返る彼に私は頷く。このまま安宿を探せば見つかる可能性はあるが、調査完了まで安心して滞在できる場所の方が良いだろう。……それに、オールドシャーレアンでミルラの衣食住を保証して頂いた恩もある。そう伝えると、彼は「そこまで言ってくれるなら、世話になるか!」と鼻の下を擦ってはにかんだ。

 そうと決まれば、家の準備をしなければならない。私はアパルトメント付きの使用人達へ連絡を取って、掃除と予備の寝台の運び込みを依頼し、夕飯の食材を買い込んで帰る。ロビーで使用人の手間賃を支払い、グ・ラハ殿を少し待たせて部屋の書類の片付けをしてから彼を部屋に案内した。ソファーを案内してお茶を出し、夕飯の支度を始める。彼は慣れない部屋に緊張していたのか、座ったまましきりに腕を擦っていたが、やがて本棚や薬棚、ローブ類などを興味深そうに見つめていた。

「ラハだ!えーと、オヒサシブリ!」
「ああ、久しぶり。元気してたか?」
 勢いよく帰宅したミルラは久しぶりの再会に声を弾ませる。親しげに近況を話し始める二人の声に角を傾けながら、私は魚の腸を退け、身をおろしてゆく。リムサ・ロミンサの『溺れる海豚亭』でバデロン殿から満室の詫びに、とお裾分け頂いたものだ。釣りたてなのか、かなり状態はよい。ハーブ塩をまぶしていると、ミルラが手伝う!と駆け寄ってきたので、先ほど煮込み始めたムントゥイスープの火の番を任せた。

やがて魚とスープの具に熱が通ったところで火から下ろし、3人分の食事を盛りつけ、軽く祈りを捧げた後に遅い夕食を食べ始める。料理を口に運び、グ・ラハ殿のオッドアイがきらきらと輝く。「すげえ旨い!!」と心からの感想を頂き、私はホッと息をついた。魚にムントゥイ豆と、出身地によっては好き嫌いの別れる食材だったが、どうやら彼の口に合ったらしい。 ここ最近は蛮神討伐や様々な仕事に追われ、簡単な食糧で済ませてしまうことが多かったから、腰を据えて料理や食事をするのも久しぶりだ。
 新鮮な魚と円やかな風味のスープを味わいながら、自然と話題はミルラのシャーレアン滞在に寄って行く。彼が突然街の研究施設へ現れ、ひと騒動起こしたこと、ひょんなきっかけで『ミルラ』という名を名乗り始めたこと――。
 そして、それに続いて、彼がエオルゼアへ訪れた後のエピソードにも花が咲いた。それなりに大変なことも経験しつつ、様々な世界を知ろうとするミルラの語りを、グ・ラハ殿は頷きながら聴き続けていた。

そうこうしているうちに、夜は更け、ミルラの瞼が重くなっていく。まだまだ話したい、と珍しくぐずる彼を、明日もあるのだから、と説得しベッドに寝かしつける。私は就寝前の薬草茶をグ・ラハ殿のカップへ注ぎながら改めてシャーレアンで面倒を見て頂いた件の礼を言う。彼は苦笑しながらも気にすんなよ、と笑う。
「ビックリするくらい常識外れだったけど……根は純粋でいい奴だったからさ。あんたもそう思ったから、ここまで面倒見てきたんだろ?」
「それは……ええ、その通りですね」
 私が苦笑しながらそう答えると、彼は口元を緩めた。
「――良かった。あんたが、あいつの良さを分かってやれる奴で。なんだかホッとした」
 そう呟き、彼は薬草茶のポットを取り、私のカップへ注ぐ。
「なあ、その様子じゃ、あんた達はずっと二人で旅をしてきたんだろう?もっと聞かせてくれよ。その話をさ」
 そう言ってニッと笑い、湯気の立つカップが差し出される。私は頷き、先ほどの話の続きを、旅の話を語って聞かせた。仲間との出会い、ミルラが巻き起こしたドタバタ騒ぎ、さもない日常のこと。いざ話し始めると、存外に話の種は尽きないものだ。

――穏やかな時間の流れを感じながら、夜は更けていった。

 

今日はついに遺跡の内部の探索が始まった。通称「古代の民の迷宮」と呼ばれる周縁地帯は非常に広大なので、人員の確保に冒険者の街レヴナンツトールで募集を行うこととなる。
 すると、予想以上の人員が集まったため、聖コイナク財団と手分けをして面接を行い、最終的に私を含めた24人による調査隊が結成された。

蛮神や帝国の大型兵器との戦闘などの有事の際は、暁の血盟員や冒険者ギルド、グランドカンパニーから人員を募って戦闘することが多い。その際、私は同行メンバーに『光の加護』を分け与えることで仲間の強化やテンパード化を防止をする役割を担う。 しかし、その力にも当然限りがあり、ウリエンジェ殿の見立てによると、23人が限度だという。なので、今回はその人数を上限としたのだ。

数日で面接とチーム編成を終えてからいよいよ探索活動が始まったが、当初懸念していたとおり、内部には多くの危険が潜んでいた。大量のモンスターと毒沼に囲まれ、出口を塞がれるなど序の口。ドラゴン族や骸骨兵の群れ、巨大化するボムやアトモス、擬似的なマグマ 地帯……しまいには隕石魔法を操るベヒーモスまで現れる始末だ。精鋭として選抜した23人も流石にここまでの事態は想定していなかったのか、パニックを起こしかけたり、負傷をする者も続出する。私は強化と治癒に魔力をフル回転させ、どうにか仲間とともに最奥部へたどり着いたのだった。

 巨漢の魔人『ティターン』を最後に大方の脅威は排除し終えたらしい。ラムブルース殿に掃討終了の連絡をすれば、後続の調査・補給部隊が続々と合流してくる。その中にはグ・ラハ殿の姿もあった。 眼前には遺跡の中枢である『シルクスの塔』が天を突くようにそびえたっている。強大なエーテルの気配を滲ませるクリスタルの塊……あの中には一体何が待っているというのだろう。

しかし、周縁部と塔は巨大な扉で隔てられており、開錠のための検証作業で少し日を置く必要があるようだ。ひとまずこの日は冒険者部隊に報酬を渡して解散となった。
 暫くは小休止ということで、アパルトメントへ戻った私は散乱した書類や薬品を整理し、グ・ラハ殿は夜までレポート書きに専念する。
「最近何故か委員会と連絡取れないんだけど……かといってサボってたらあとでクルルに大目玉食らうしなぁ」
 などとぼやきつつも、夕方までにはしっかりと報告内容を書き終えていた。

日が暮れ始めころにミルラが(何故かいつぞやのエプロンドレス姿で)帰宅し、3人でラプトルのシチューを口にしつつ、今日あった出来事を伝え合う。何でも、彼は近頃『事件屋』なる面々と行動を共にし、各地の事件解決のため東奔西走しているのだという。
……以前聞いた予定ではしばらくリテイナーの修行に戻るはずだったのだが……また無理を言って出てきたのだろうか。後でタタル殿には丁重に謝罪しなくては。そんな私の心配をよそに、ミルラは事件屋との出会いと今までの経緯を語った。

彼の語った経緯は以下のとおり。
 仕事でウルダハへ行ったとき、情報屋の依頼がきっかけで『事件屋』の跡取りを名乗るナシュとという少女と出会い、更には死亡したはずの事件屋ヒルディブランドと邂逅。しかし、彼は記憶が混濁しており、自らがゾンビーであると勘違いしていたらしい。それを見た彼女は薬と称して爆弾を投げつけ、爆風を直に受けた彼は体が半分地面に埋まったらしいが、どういう訳かほぼ負傷もなく立ち上がり、記憶も取り戻したのだという。その後、ミスリルアイの記者や気の良い流れ者も加わり『武器怪盗』なる犯罪者を追うことになった。最近では白髪鬼なる半裸の彫金師を追っていたが、その正体はゴッドベルトという名の紳士で事件屋ヒルディブランドの父だった。彼は事情を知り一行に協力することとなったのだとか。

 

…………彼の説明はしばしば要領を得ないことがあるが、それを差し引いても理解に苦しむ。
通常、記憶喪失は長期の休養や対話療法で治癒を試みるはずで、爆弾薬なぞ聞いたことがない。しかも爆発に巻き込まれて大した怪我も無かったと?
それにゴッドベルトと言ったらゴールドソーサーの支配人であり砂蠍衆の一員。権謀術数渦巻くウルダハ政権の中枢に座する、立派な政治家である。何か騙されているか、策謀に巻き込まれていないか心配になった私は、シルクスの塔への調査が可能になるまでの間、同行して様子を見に行くことにしたのだった。

その後ミルラが寝静まり、私がこの日記をしたためていると、グ・ラハ殿がじっとこちらを見つめていた。
 海賊衆に身を置いていた頃は覗き込まれそうになって慌てて閉じたこともあったのだったか。何だか懐かしくこそばゆい気分だ。私は柄にもなく悪戯心が芽生え、振り返る。

「覗きは、だめですよ?」
「わ、分かってるって!!」
 グ・ラハ殿は頬を赤らめ、尾を膨らませながらバタバタとベッドへ潜りこむ。……ミコッテ族の男性全般に言えることだが、彼は殊更感情が耳や尾に出やすいタイプと見受けられる。諜報には向かなそうだな……などと至極失礼な考えが浮かんだ。

  暖かい空気の中、夜は更けていった。