控えめオスラと花のうさぎ~新生編4

ミルラの回想


「ただいま!」
「ああ、おかえり……ってオレの家じゃないけどな」
 苦笑するラハに、ボクはそうだっけ?と首を傾げる。
 最近、彼と3人で食事をすることが多くて、彼が家にいることが当たり前のようになっていたのだった。
 一方のウイキョーはどこかげっそりとした様相で携帯食を水で流し込み、食事の支度を始めていた。あまりのやつれ具合にラハは「何かあったのか?」と心配そうに見つめ、ボクはラハに身振り手振りを交えながら話をする。

ここ数日は、ボクを心配したウイキョーが事件屋の活動に参加してくれていた。
 コスタ・デル・ソルで変装した怪盗を探し当てたり、爆弾を処理しようとしたけど色々?あってできなかったり、最終的にヒルディがかわいい服を着ておとりになろうとしたんだけど、結局宝物は盗まれちゃって。でも望まない結婚をしなくて済んだ女の子は、騒ぎで破談になったことで、明るいココロを取り戻すことが出来た。そんな出来事があったり。
 今度は闘技場で優勝賞品を巡って、アラミゴの女の子や妖異を巻き込んだ大騒ぎになって。何故かいつもたんこぶだらけになっているオルトロスと嵐のような鼻息が自慢のテュポーンセンセイ(だっけ?)のコンビと戦うことになって、ウイキョーが参戦してくれて圧勝に終わったり。
 あと、犯人とは別にギルガメッシュに何故か武器を質に決闘を挑まれたりもしたっけ。

そんなこんなで日々びっくりするけど楽しいことでいっぱいだったのだと伝えると、ラハは耐えきれず吹き出してしまった。
「なんだそれ!エオルゼアには面白い奴もいるんだな!」
「笑い事ではありませんよ、全く……」
 ウイキョーはブツブツとぼやきつつ、3人分の夕飯を配膳する。帰りがてら買ってきた総菜の隣に、薄茶色の豆のスープが柔らかく香る。ムントゥイスープとは違う『ミソシル』っていうんだって。

優しい味の食事とともにゆったりと語り合った後は、共同浴場へ寄って汗を流す。部屋に戻ると、ウイキョーは「少し瞑想するので、先に休んでいてください」と別室へ姿を消した。いってらっしゃ~いと手を振るボクに、ラハは首を傾げる。
「瞑想……白魔道士の修行か?」
「うーん、それもあるけど、最近は『戦いの追体験』をしていることが多いかも」

『超える力』の能力者の中には、自分の記憶へ意識を集中させることで、過去に経験した様々な戦いを思い起こし、シミュレート出来る人が一定数いる。そう、例えるなら一度学んだ教本を読み返すようなもので。迷宮を少人数で探索した記憶から大人数で強敵に立ち向かった記憶まである程度条件を絞りつつも敢えて『揺らぎ』を残すことで忘れかけた戦いの記憶へアクセスし、自身の戦闘力を大幅に鍛えることが出来るのだ。
 ボクも最近少し出来るようになったんだよ!と誇って見せると、ラハはすげーじゃん!と目を輝かせる。

「それならさ、最近戦った蛮神のこととか教えてくれよ!」
「最近か~それなら『モグルモグⅩⅡ世』かな。……確か、ウイキョーが家臣団……テンパード達に『歌の勝負』を挑まれたんだよね」
「歌の勝負?」
 怪訝そうな表情を浮かべるラハにボクは経緯を説明する。
 ウイキョーが持つ吟遊詩人のジョブクリスタルは元々黒衣の森のモーグリ族に認められて授かったのだが、どうやら、彼らにとってはそれがひどく気に入らないことだったらしい。曰く、「森都に来てたかだか数年の人間が調子に乗るんじゃねークポ!」だとか。
 当初は森の覇権の話だったはずが、いつの間にか怒りの矛先が彼に向き、どちらがこの森唯一の歌い手に相応しいか決着をつけることになってしまった。どこか楽し気な歌と共に現れた蛮神『モグルモグⅩⅡ世』を前に、テンパードの家臣団は思い思いに歌を披露した。しかし、皆好き勝手に歌いすぎたのか何を唄っているのかよくわからない有様で、ついには楽器を奏でていたモーグリが怒り出してあわや仲間割れになる所だった。
 そのとき、ウイキョーは彼らを宥めるかのようにハープを爪弾き始めた。穏やかな音色が響き渡り、睨みあっていた家臣団たちも思わず聞き入る。
 彼が奏でたのは、遠い東方の伝承。聖獣とともに鬼退治を成し遂げた英雄『テンゼン』の物語。最初は一人で旅をしていたテンゼンが各地で聖獣たちと絆を結び、共に困難を乗り越えていく様子を、ゆっくりと抒情的に語り、歌う。
 そして物語を語り終えた時には同行していた冒険者集団や友好的なモーグリ族、テンパード達からも盛大な拍手が沸き起こる。召喚されたモーグリの王も感激の涙を滲ませた。
 「勝負はついたクポ。モグも仲間と一緒に、旅したかったクポねぇ……」
 そうしみじみと言い残し、蛮神は平和的に討滅されたのだった。

「英雄譚を語ることで、戦わずして勝利するなんて!英雄ってのは力だけじゃないんだなぁ」
「うん!ウイキョーはとても強くて優しいんだよ!この間もね……」
 ボクが日常から戦いまで、様々なことを話すと、その度にラハは目を輝かせ、明るいココロの気配が部屋を包み込む。こうしてボクとラハのウイキョー談義は本人が瞑想から戻るまで続いたのだった。

 

――それから数日後。事件屋の活動を終えたボクは、ウイキョーとラハに今日あった出来事を報告するため意気揚々とアパルトメントへ帰った。しかし、クリスタルタワーから帰ったラハはどこか心ここにあらず、といった感じで、「少し一人になりたい」と言い残し夕食に出てしまった。

 

2人で囲む食卓に少し寂しさを感じているボクを見て、ウイキョーは今日の出来事を静かに語った。
 シルクスの塔を守る巨大な『開かずの扉』を解錠する方法を何日も探っていたものの、一向にその手掛かりは見つからない。その状況に焦りを感じ始めた時、『ドーガ』『ウネ』と名乗る不思議な二人組が現れた。彼らが手を翳すと巨大な扉はあっけなく開け放たれる。そして、後をつけていた元ガレマール帝国軍のネロが現れて彼らの正体を言い当てて見せた。
 彼らは、古代アラグ帝国時代に生み出された皇帝の血族を模した『クローン』だったのだ。
 ドーガとウネは、かつて暴虐の限りを尽くした皇帝ザンデが未だ遺跡内部に生存しており野心を燻らせている。このエオルゼアの平和を守るためにかの暴君を討ち倒して欲しいと懇願した。それが彼らの長い刻を経た宿願なのだと訊いたウイキョウはその大きな任務を二つ返事で引き受ける。
 一方、ラハは、生まれ持った片方の紅眼が彼らと同じものであるという事実に直面する。そして彼らと同じく「何らかの宿命」持って生まれて来たのだとも言われたらしい。 彼にとって紅眼は子供の頃からの悩みの種でもあり、全てを解明するために古代アラグ文明を追っていた。だからこそ、物事が急に進んで動揺しているのだろう、とウイキョーは推測していた。

「そういえばラハ、前にウイキョーが作る草原料理の……なんとかスープが美味しいって話をしたら、食べてみたいって言ってたよ!」
「ああ、『ゼラスープ』ですね。それなら材料を用立てておきましょうか」
 そうすれば彼も少し元気が出るかもしれませんね。そうほほ笑むウイキョーにボクは大きく頷いたのだった。