控えめオスラと花のうさぎ~新生編4

グ・ラハ・ティアの回想


「グ・ラハ殿。風邪をひきますよ」
 大きな掌が肩を叩く感触で、ぼんやりと意識が浮上する。どうやら、調べものに没頭しているうちに眠ってしまっていたらしい。
「夕飯が出来たので、一旦食事にしませんか」
「ん。そうだな。ありがとう……”ウイ”」
  背中と尻尾を大きく伸ばして振り向けば、彼は目を丸くしていた。その瞬間、オレは事態を把握し、顔に熱が集まるのを感じる。……やっちまった。
「わ、わりぃ。寝ぼけててつい……馴れ馴れしいよな。」
 オレが俯いて腕を擦っていると、彼はふふっと息を吐いて破顔する。
「いえ、好きに呼んで頂いて結構ですよ。――この際です。貴方のことも”ラハ”とお呼びしても?」
「ああ。そうしてくれ。オレだけ渾名で呼ぶのも気まずいしな」

 

頭を掻きながら食卓につけば、食欲をそそる香りともに、大きなスープ皿が目の前に置かれる。東方のアジムステップの郷土料理『ゼラスープ』……以前、ミルラに聞かされた彼の得意料理だ。もしかしてオレの希望に合わせてくれたんだろうか。当の本人は件の事件屋が色々と立て込んでいて今日は戻ってこないようなので、あとで改めて礼を言わないと。  そんなことを考えながら、透明なスープを口にすると、さっぱりとした塩味と肉・野菜の風味が口の中に広がる。たっぷり入った牛肉をゆっくり咀嚼し飲み込むと、どこか幸せな心地になってきた。
「うん、旨い!……なんか、本当に遊牧民のご馳走を食べているみたいだ」
「ええ。実は幼少の頃向こうで暮らしておりましたので」
「そうなのか!?」
 オレが驚くと、ウイは少し困ったように笑いながら、自らの生い立ちを語ってくれた。アジムステップで見つかった孤児であり、遊牧民として育ったこと。その後幻術を学ぶためにはるばる東の海からエオルゼアへやってきたこと。
「……すげえ。なんだか冒険みたいな人生だな」
「偶々ですよ。そういうラハだって、コルヴォ地方から北洋まで、長い旅をされているではありませんか」
「え?……ああ、うん。それもそうか」
 改めて言われるまで、意識していなかった。そう伝えると、ウイは「お互い様ですね」とほほ笑む。
 スープとパンを口にして体の芯が温まり、数日前の怒涛の顛末を思い起こす。

――シルクスの塔を踏破し、魔術師アモンと皇帝ザンデをどうにか討ち果たしたのもつかの間。ザンデが契約を結んでいた大妖異『暗闇の雲』が此方の世界へ干渉し、ドーガとウネ、そしてネロまでも連れ去ってしまった。彼らを救い出すべく、調査団ノアは人脈と技術をフル活用して異界ヴォイドへの扉を開こうとしていた。 最初は前例のない不可能なこととまで言われたが、彼らの尽力の甲斐あって、明日には突入のめどが立ちそうだとの報告を受けていた。
 ……本当に、彼らの可能性には目を見張るばかりだ。

 

ふと現地での戦いを思い出して、話を切り出す。
「……あの時はあんたらしくもないとか言って悪かった。」
「そんな。寧ろ助けてくださったことに感謝していますよ」
 ドーガとウネを狙って大量のクローンに急襲されたとき。彼が突如頭を抱えて蹲り、襲われそうになっているところを間一髪オレが守る一幕があった。道中の圧倒的な戦闘を見てきたオレからすると、『なぜこんなところで』と感情的になり心無い言葉をかけてしまったのだ。
 しかし、よくよく考えれば、いくら英雄と謳われたところで彼もひとりの人間だ。直前まで冒険者部隊23人分のエーテルを補強しながら戦っていたのだから、相当身体に負担がかかってたんじゃないか?そう問うと、ウイは首を振り「それも含め、私の力不足だったということです」と言い切って見せた。
 ――ああ、この人の真の強さは、英雄たる所以はこういう一面にこそあるのだろう。

きっと皆を助けて生きて帰ろう。そして塔の封印をやり遂げよう。
 オレ達はそう近い、拳を合わせたのだった。

 

――数日後、シドたちの尽力によりヴォイドゲートが開かれ、ウイと冒険者部隊が闇の世界へ潜入した。現地は極端な星極性に偏った環境であるため、彼がエーテル結界を貼りながら捜索を進めていく。すると豊富なエーテルの気配を察知した妖異たちが次々と襲い掛かってきた。
 視線攻撃や即死魔法を駆使するアンラマンユに、5つ首のドラゴンと、普段は遭遇し得ない高位の妖異ばかり。強大な体躯を誇る怪犬・ケルベロスを相手取った時は負傷者が続出した。しかし今回は暁に所属する熟練の冒険者を中心とした部隊なだけあって、鎖で動きを封じたり、わざと飲み込まれて腹を破るなどの奇策を駆使し、見事突破したのであった。
 そして、最奥で待ち構えていた『暗闇の雲』との決戦が繰り広げられる。膨大なエーテルを周囲から吸収して嵐のような攻撃を見舞う大妖異に冒険者たちは全力を以て仕掛けてゆく。ウイの『戦歌』は周囲の禍々しい空気を一掃するかの如く高らかに響き渡り、最初恐れをなしていた者も次々に立ち向かってゆくのが見えた。
 オレは、すぐにも参戦したい衝動に駆られつつもグッと踏みとどまる。周囲の警戒やエーテル計測の人員が持ち場を離れれば帰り道を見失う可能性すらあるからだ。
 やがて断末魔と共に暗闇の雲は黒煙に溶け、歓声が上がる。決着がついたのだ。

冒険者部隊を先に退却させている間に、捉えられていたドーガとウネを見つけ出し、彼らを連れて闇の世界を脱出しようとしたとき。突如、討伐されたはずの『暗闇の雲』が姿を現し、波動砲をこちらへ向けて放ってきた。咄嗟に二人を庇ったとき、オレの目の前で光が相殺され、攻撃が無効化される。いったい何が起こったのか、と戸惑うオレに、ドーガとウネは告げた。オレは祖先から僅かながらもアラグ皇族の血を受け継いでおり、クリスタルタワーを制御する資格がある、と。
 そして彼らはオレへ魔法の力で血を分け与え、自分たちはこの世界で『暗闇の雲』との契約を命を懸けて破棄することを選んだ。ドーガとウネの覚悟を受けたオレは、ウイとともに来た道を駆け戻る。エーテル汚染の影響で一時は逃げ遅れたネロも間一髪シドに引き上げられ、帰還したのだった。

その後、オレはウイを先に帰らせて塔の機材の撤収作業を大急ぎでこなし、気づけば夜も深くなっていた。アパルトメントへ戻ると、ウイとミルラが、食卓を囲んで談笑しているところだった。夕飯はリムサロミンサで調達した総菜で済ませたらしく、ウイが俺の分も持ってきてくれた。

 

遅い夕飯を取りながら、ミルラの近況に耳を傾ける。途中から聞いていたが、実に奇妙で愉快な話だった。
 かの事件屋がずっと追っていた『武器怪盗』の正体がわかったこと。犯人の手により事件屋ヒルディが斃れ、あわや大惨事になりかけたこと。しかし『光の紳士』たる天性の耐久性だとか、勢いだとか、とにかくそういうものでゾンビ―軍団を無力化させ、見事事件を解決して見せたこと。……が。それもつかの間。何故か呪文に反応した伝説の剣が大噴射して空を飛び、ヒルディ共々いずこへともなく去って行ったこと……。
「あと、ギルちゃんがね、ウイキョーと戦えなくて残念そうにしてたよ。いつか再開したあかつきには、ジンジョウに勝負したいって!」
「……時間経過で上手いこと忘れて下さいませんかね……」
 彼は遠い目をしながらそうぼやいていた。

ミルラが先に眠り、オレはこの家から撤収するために荷物をまとめ始める。その様子を見つめていたウイは不意にオレに問いかけた。『アラグの皇血』と王族の記憶を引き継いだその生まれを、怖い、理不尽だと感じたことは無いのか、と。
 今まで訊かれたこともなかったので、オレはうーん、と唸り尻尾を揺らしながら考え、今までの心境を言葉にする。
「そりゃあ何度も思ったさ。なんでオレだけ普通の人間じゃなかったんだろうって。でも、だからこそ知りたいって思ったんだ」
「何故そのような境遇にあるのか、自ら知ろうというのですか?」
「ああ。目を背けようとしても、心のどこかに『それじゃダメだ』って思うオレがいてさ。だからいっそ全力で突っ走ってきたってワケだ。……そしたら、あんた達と出会うことが出来た。だからさ、悪いことばかりじゃ無かったって今なら思える」
 見上げるような長身の彼と目を合わせ、そう告げると、ウイは青色の瞳を柔らかく細め、微笑んだ。その後ろには、大の字になって熟睡するミルラの姿が見える。
 その姿に、オレは幾ばくかの眩しさと、深い尊さを感じ、噛みしめる。
 なんて不思議な”縁”なのだろう。オールドシャーレアンでミルラと出会って、ウイと共にアラグの真実に触れる冒険をして。オレ自身も自分の運命を真に理解することが出来た。
 きっと彼らはこれからも果てない旅を続けていくのだろう。その光景に思いを馳せて、ほんの少し寂しい気持ちを覚えながら。オレはギュッと服を鞄へ詰め込むのだった。

 

翌朝。オレはシルクスの塔から作業員たちを退避させ、駆け付けたノアの仲間たちに真意と別れを告げた。
 受け継いだ皇血――クリスタルタワーを制御する力を保持するため、オレは塔と共に時を止め、眠りにつく。いつか世界がアラグに追いつき、扉を開けるその時まで。
 ラムブルースやシドをはじめとした『ノア』のメンバーは最初こそ動揺していたが、オレの決意を理解し、激励の言葉をかけてくれた。ウイとともに駆けつけたミルラは、いまひとつ事情を分かっていない風ではあったものの「起きたら、一緒に冒険しようね!」と無邪気に笑いかけてくれた。
 一方、ウイは「……決意は変わらないのですね」と言葉を絞り出した。もしかしたらオレの行動で薄々感づいていたのかもしれない。彼の考えは少しオレに似ている部分もあると思うから。

「短い間だったけど、本当に楽しかった。あんた達もきっと様々な運命を負って、ここまで来たんだと思う。一緒に行けないのはチョット悔しいけどさ。でも……だからこそ、目が覚めたらあんたの名前を探すよ。その名はきっと灯になって、オレを導く光になる」
 最後は少し声が震えていたかもしれないけど、ウイは何も言わず、静かにほほ笑み、頷いてくれた。

踵を返し、大扉が閉まる、その瞬間。

「――おやすみ、グ・ラハ・ティア」

 強く、優しい言葉に背を押されたような気がした。