控えめオスラと花のうさぎ~新生編6

ミルラの回想

イシュガルド防衛戦の勝利。その報告を受けたエオルゼア三国の盟主たちは皆口を揃えてウイキョーを称えた。そして何日か経った後『戦勝祝賀会』の開催が決まり、ボク達暁へ招待状が送られてきた。これは長年国交が途絶えていたイシュガルドとの親睦の意味もある大事な会。ミンフィリアやウイキョーはあまり乗り気でなかったものの、最終的に全員参加することになった。
 けれど、ウイキョーは少し考えたあと、ミンフィリアと相談してボクはアパルトメントで留守番するように言いつけた。何か悪いことでもしてしまったのだろうか、と耳を伏せていると、彼は人払いが済んでいることを確認してから事情を説明した。
 曰く、ここ最近クリスタルブレイブ内部で帝国との内通など不穏な動きが見られる。立食の席を狙って何らかの有事が発生することも考えられる、と。そのため、暁の血盟の主要メンバーは全員参加としつつも、ボクは先日の戦闘の負傷を理由に当日は『急遽やむなく休んだ』形をとって待機し、何かあったらリンクパールで砂の家や石の家の仲間と連絡を取って対処に当たって欲しいのだと、彼は丁寧に説明してくれた。
「国王の御前で凶行に及ぶ可能性は低いと思いますが……万が一ということもあります」
「分かった。ご馳走を食べられないのは残念だけど、もしものこともあるもんね」
「ええ。もし何事も無く終わった時には華やかな宴席の話をたっぷりして差し上げましょう」
「うん!楽しみにしてる!」
 ボクが目を輝かせると、彼は小さく頷いたのだった。

 

そして祝賀会の日がやってきて、ボクはウイキョ―をアパルトメントから送り出すと、剣術の教本を読み始めた。この日は天気が悪くて昼間でも室内が薄暗く、ランプを灯しながら本を読み進めていく。人の気配のない室内は肌寒く、心細さを感じながらトーストを口に含み、本を読み進める。……そうしてしばらく経った頃、ランプの炎がチラチラと揺れ、フッと消えてしまった。どうやら、オイルを切らしてしまったみたいだ。
 ウイキョーは家にいるように、と言っていたけれど、これでは暗すぎて何も出来ないし、じっとしていると肌寒い。最低限の買い物だけ済ませてこよう。そう決めてボクは戸締りをした上でウイキョーから教わった術式で部屋へ結界を張り、傘を片手にリリーヒルズの建物を後にする。
 小雨が降りだした所で傘を差しつつ、居住区を抜けてグリダニアの旧市街地に出る。目的のオイルの他にもファイアクリスタルと小麦粉も少し買い足して、お昼ご飯のことを考え始めた時。
「あれっ?『暁』のミルラ殿ではないですか。てっきり祝賀会へ行かれたものだと」
 不意に声が掛かり振り返ると、そこにはララフェル族の男が立っていた。商売のために砂都からやってきたようで、後ろの部下らしき男たちは忙しなくリンクパールで連絡を取り合っている。ボクは彼の問いに思わずしどろもどろになりながらも、「この間の戦いの傷が痛くて……」と零すと、男はそれは難儀ですなぁ、と眉を顰める。
「いや、実はですねぇ。祝賀会の場でウイキョウ殿に色々あったらしく……」
「え!何があったの!?」
「……う~ん。それがですなぁ……往来で話すのもなんでしょうし、あちらの方で」
 男は、そう言って、ボクを先導し始めた。思っていたより妙に長く誘導され、いつの間にかすっかり人気のない場所へ来ていた。商人の男は人払いをしてくる、といってその場を後にする。

……しばらく待っても戻ってこないことを不思議に思い始めたとき。不意に殺気を感じた。咄嗟に身を伏せた瞬間、頭上を矢が通り過ぎ耳の先端を掠める。
 驚いて振り向くと、そこには『青い制服』を身にまとった男が舌打ちをしながら次の矢を番えていた。
 視界の端に刃が閃く。ボクはプリズムで隠していた剣を抜き、それを受け止め、跳ね返す。
 尻もちをついて悪態をつく銅刃団のララフェル――その後ろに十数人のクリスタルブレイブ隊員が続々と集まっているのが見え、ボクは顔から血の気が引いていくのを感じた。そして手元にあった小麦粉の袋とランプオイルの器を宙に投げて斬りつけ、ファイアクリスタルを放り投げて大きく地を蹴った。
 後ろで爆発と怒号が上がるのを感じながら全速力で街の外を目指して駆けだす。強まった雨に打たれ、落ち葉や木の根に足を取られながら、ボクは無意識に北の方角へと全力疾走していた。

身体は生存のために必死で逃げている。けれども、頭や心はまるでついてこれず、ボクは混乱の中にあった。――裏切者がいるかもしれないとは聞いていた。だけど……まさか、こんなに大勢だったなんて。走りながらミンフィリアやウイキョー、石の家や砂の家のメンバーのリンクパールを鳴らしてみたけれど、誰一人繋がらない。
 北部森林を抜けた所で待ち伏せていた青服たちがボクを包囲した。なぜこんなことをするのか、と問いただしたかったけれど、『そんな余地は無い』と告げるかのように、周囲は真っ黒な殺意で覆いつくされていた。
 彼らがにじり寄ってきたとき、ドォンと大きな音とともに、大きな機械が割って入ってくる――それは先日活躍したあの魔導アーマーだった。
 今や明確な意志を持つその機械は、威嚇するように数発空砲を放ち、身をかがめてこちらへ駆け寄ってくる。ボクは大きく跳んで乗り込もうとするが、それを阻止しようと兵がひとり、足を掴んできた。
 咄嗟に剣を抜き、そこへ突き立てる。

 ――それは偶然か、蛮神との闘いで鍛えられた勘によるものか。突き刺さった場所は、そのヒトの首筋だった。
 生々しい感覚とともに耳を裂くような悲鳴と真っ赤なものがパッと宙を舞う。
 激しいココロの気配が飛び散る。胸の奥がバクバクと脈打ち、呼吸が浅くなり、視界が恐ろしく赤く、鮮明になる。

「おい!しっかりしろ!」
「あの餓鬼……!怯むな、追え、追え!!」
 怒号を背に、アーマーは大きく跳びあがり、風を捉えて疾走してゆく。操縦桿を握る手についた返り血が大雨で流れてゆく。

――ボクが、ころした。でも、でも。いかなくちゃ。

うわ言のように早口で呟き、ボクは鞄に手を伸ばし、薬瓶のコルクを空けて一気に飲み干した。体が熱を持ち始め淡く輝きだす。
 一方、魔導アーマーは脱出したときにかなりの部位を損傷したらしく、稼働率が急激に落ち込み始める。そして追ってきた兵の炎魔法が何発か直撃してショートを起こし、ついには薄い雪の積もる地面へ不時着してしまった。

ボクはすっかり『緩くなった』服を引き摺りながら倒れた機体の下へ身を潜めた。少しすると、青服たちが集まってきたけれど、操縦席にボクの姿が無いことを確かめると、苛立たし気に連絡を交わしながら、その場を去っていく。
 辺りが静まり返ってから、恐る恐る機体の下から這い出る。そして自分の掌を見つめると、すっかり小さくなっていた。
 ――成功だ。故郷で手渡された変化の薬『幻想薬』の効果で、ボクはララフェル族に姿を変えて、身を隠すことが出来たのだ。
 ボクはかじかむ手で配線の一部を繋ぎなおして、操縦席へ乗り込む。魔導アーマーは火花を散らし、煙を上げながらも、ゆっくりと雪原を歩き出した。

濡れた服に、雪や寒風が吹きつけ、ボクは体を震わせて赤く染まった衣服を巻き付ける。けれど、雨に濡れた服はどんどんと冷たくなり、体温を奪ってゆく。
 酷い悪寒はきっと、寒さのせいだけではない。肉体のエーテルを急速に変化させるこの薬は、体に大きな負荷をかける。特に『元の姿』から一度変化した後、更に別の姿に変わる時には注意が必要だと、故郷のリーダーに口酸っぱく注意されたのをボクはぼんやりと思い起こしていた。

朦朧とした意識のまま、吹雪の中を進み続けていると、真っ暗な雪原のなかに街の光が、暖かなココロの気配が見えてくる。
 建物の大扉の前に降ろされたボクは、力なく扉を叩く。
 少ししたら、扉が解錠され、そこには驚いた顔をしたオルシュファンが立っていた。彼が大声で誰かを呼んで数刻、大きな足音が聞こえる。
 ――優しい声、支える手の体温に視界が滲む。……ボクは糸が切れるように意識を失い、雪に倒れ伏した。