控えめオスラと花のうさぎ~新生編6
ウイキョウの日記
――あまりの出来事の連続で心が追いつかない。けれど、だからこそ振り返らねばならないだろう。
私の不甲斐なさを忘れないためにも。
ミルラに留守番を言いつけ、ミンフィリア殿とともにウルダハへ向かった私は、クリスタルブレイブの隊員・アリアヌ殿から秘密裏に呼び出しを受けた。しかし半刻近く待っても集合場所の無人駅に現れず、誰かの落とし物と思しきガラス瓶を拾ってその場を後にする。そして瓶を冒険者ギルドに預けようとしたとき、女王陛下の侍女に呼び止められた。
「ナナモ陛下直々に話がある」と言われ、半信半疑でついていったが、意外にも襲撃などに遭うこともなく、私は陛下の自室へ通される。
侍女を下がらせたナナモ陛下はこの祝賀会の場で御自ら王政廃止の宣言をすると私に打ち明けた。余りに突然の話に私は一瞬言葉を失いつつも詳しい事情を伺う。どうやらこの話はメルウィブ提督とカヌ・エ様へ内々に知らせているものの、ラウバーン局長には告げていないらしい。共和制になったウルダハはしばらく混乱が予想されるため、その間彼の助けになって欲しい、というのが陛下の願いであった。私は少し思案しつつも、頷き「私の権限が及ぶ範囲にはなりますが、必ずお力になりましょう」と告げた。
確かに私はウルダハの国政や軍事に直接関わる立場ではないものの、それを理由に否を示す理由はない。ウルダハ内部の政局がクリスタルブレイブにも大きく影響している現状もある。もしウルダハ国内で完結しきれない有事に我々が干渉せざるを得なくなった場合は、彼女の言葉が大きな後押しにもなるだろう。そう考えての返答であった。
彼女はホッとした表情で私に感謝を告げると酒杯を取り、私にも手元のグラスを勧めてきた。いずれ宣言後に今後の協力体制についてミンフィリア殿やラウバーン局長と協議をすることになるだろう。今後の忙しさを予想しながら杯に口をつけるが、一口飲んだ瞬間、妙な苦みが舌に残る感触がした。飲みなれない類の高価な飲み物だろうか。しかし、それにしては……。顔に出さぬよう用心しながら二口目を口にしようとしたとき。突如、ナナモ陛下が金色の杯を取り落とした。
――まずい、これは。
癒し手の勘が急を告げ、駆け寄ると、彼女は目に涙を溜めて体を痙攣させていた。恐らくは毒による急性中毒だ。
一先ず応急措置を、と治療術『エスナ』を唱えようとした瞬間、喉に焼けるような痛みが走る。まさか、今の飲み物に詠唱阻害薬でも含まれていたのだろうか。ならば、と私は懐に忍ばせていた治療薬を手に取った。しかし、その瞬間私室へ駆け込んできた何者かが私を蹴り飛ばす。
「困りますな。そんなことをされては」
ガシャンと音の鳴った方を振り向けば治療薬の瓶に剣が突き立てられ、粉々に割られていた。体を起こして非常用の片手幻具を構えると、襲撃者の顔が視界に入る。
――剥き身の剣を携えた青服の男……イルベルドは、薄ら笑いを浮かべながら此方を見下ろしていた。
やがて、複数人の銅刃団員とともに、テレジ・アデレジが部屋に駆け込み、わざとらしく驚いたそぶりをして陛下へ駆け寄る。そして彼女が亡くなったと大声で騒ぎだし、更には、私がナナモ陛下へ毒を盛ったのだと糾弾し始める。
馬鹿な。彼女は今倒れたばかりだ。適切な措置をすればまだ救命の余地はある。犯人捜しの前に先ずはフロンデール薬学院へ連絡を取るべきではないのか!!そう叫ぼうとするが、私の喉はヒュウヒュウと空虚な音を立てるばかりだ。……そして、剣を構えてにじり寄る銅刃団の向こうで、陛下を助けるでもなく棒立ちしている侍女を見て、私は全てを悟った。この国の内部は、もといクリスタルブレイブは真っ黒に染まっていたのだと。
「陛下を殺めた罪に耐えきれず自害を図ったようだが、そうはさせぬぞ!お前の罪状を世に知らしめ、正しく罪を償ってもらわねば!」
「お前と暗殺を共謀したミルラは自ら罪を認めて投降し、我々の元にいる。無駄な抵抗はやめることだ」
「――!…………」
あまりにも荒唐無稽な論調にカッと頭の血が湯だつ。しかし、反論を述べようにも、言葉が、音が全く出てこない。ミルラの名まで出された以上、私は成すすべなく幻具を床へ捨て、両手を上げざるを得なかった。
こうして手荒く拘束された私は、女王暗殺の首謀者として宴席の大衆の前へ文字通り投げ出された。
ミンフィリア殿をはじめ、『暁』の面々が酷く困惑し「濡れ衣だ」と反発すると、元鬼哭隊の隊員・ローレンティスが薬瓶をこれ見よがしに掲げて見せた。此度の毒殺に使用されたものと同じ薬品が、私の所持していた瓶から見つかった、ということらしい。あれは祝賀会直前に無人駅で拾い、ギルドに預け損ねたもの……全て、周到に仕組まれていたということか。
一連の証拠を述べると、テレジ・アデレジはこの事態に乗じて、王党派に政を担う資格はない、これからは共和派が政を推し進めるべきだ、と増長し始める。一方で、ラウバーン局長はナナモ陛下の死を告げられて酷く取り乱した。
地面に伏せ、会場の空気を震わす程に慟哭する彼を一瞥し、悪辣な商人は口元を醜く歪める。そして、風向きが自分の方にあると油断したのか、未だ大衆の面前であることも忘れ、本音ともとれる言葉をボロボロと零し始めた。
「ナナモ陛下もラウバーンにも手間を掛けさせられた」「あの小娘は所詮は傀儡の女王。死して重責から解放され、あの世で安堵しているだろう」と。
――その言葉は、彼に一連の真相を理解させ、その怒りの炎にこれ以上なく油を注いだ。
悪鬼のごとく顔を真っ赤に染めたラウバーン局長は双剣を抜き放ち周囲が止める間もなく、胴を薙ぐ。ララフェル族の商人の身体は一撃で『真っ二つに』斬り裂かれ、鮮血とともに宙を舞った。
テレジ・アデレジの惨死体が観衆の目の前に転がり、皆悲鳴を上げて逃げ去ってゆく。その中心で剣を抜いたまま息荒く佇んでいるラウバーン局長に鋭い非難の声を浴びせるものがいた。砂蠍衆のひとりである仮面の豪商、ロロリトだ。彼もまた『暁』が国家転覆を企てたような口ぶりであったため、ラウバーン局長はカッと目を剝き、陛下暗殺に関わった者として斬り捨てようとする。
しかし、刃がロロリトへ届く刹那、イルベルドが割って入り、大きく剣を振るう。怒りで冷静さが失っていたのか、ラウバーン局長は防御態勢を取り損ねた。
弾き飛ばされ、宴席のワインの瓶をなぎ倒し、床に転がったのは――切り落とされた彼の腕だ。
カルテノーの戦友である彼の重篤な負傷を前に、カヌ・エ様とメルウィブ提督は気色ばむ。しかし、そんな二人を側近たちは制止した。……同盟を結んでいるとはいえ、アウトロー戦区で一部闘争を続けている国家同士。内乱への干渉は今後の国交に深刻な影響を及ぼしかねないと判断したのだろう。彼女たちはこちらの状況を気に掛けながら、側近達に促されるようにその場を後にした。
ロロリトの号令で私達『暁』の面々は青服と銅刃団に取り囲まれる。一方、イルベルドは血を流して蹲る同郷の士を見下ろし、憐れみと侮蔑の言葉を発する。アラミゴ出身でありながら闘争心と故郷を捨て、ウルダハ共和派という椅子でひとり安穏と過ごしている――それが彼から見たラウバーン局長の姿であり、彼自身の本音だったのだ。
そして、茫然と腕を抑えるかつての同胞の前にしゃがんだイルベルドは唐突に言いはなった。ナナモ様を殺めたのは俺だ、と。
瞬間、彼の顔が再び怒りに歪むのが見える。私は彼を止めるべく口を開くが、焼けるような痛みが走り、未だ言葉を発することは出来なかった。
ラウバーン局長は隻腕にも関わらず、右腕で剣を握り、凄まじい猛攻を仕掛ける。イルベルドは余裕の表情を崩さないまま応戦した。柱が崩れ、剣戟による衝撃波が飛び交い、『暁』の賢人達がその余波に巻きこまれそうになったところを、間一髪ヤ・シュトラ殿が障壁で防いだのが見えた。どうにかこの場を脱出しなければ……!と体を起こしたとき、それを見計らったようにラウバーン局長が私の背後へ飛び退き、手首の拘束具を破壊して下さった。立ち上がり振り返ると、彼は苦悶の表情を浮かべつつも幾分か冷静さを取り戻した様子で、私に逃げるよう促す。
逃げて己の潔白を証明しろ。この事件の真相を知れるのは貴様たちしかいない、と。
辺りを見渡せば包囲していた兵は先ほどの衝撃波をもろに受け、絶命していた。深手を負っている彼を事実上見捨てることになるが……脱出するなら今しかない。
私は感謝と無事を祈る言葉の代わりに深く頭を下げ、ミンフィリア殿達へ合流し、その場を後にした。
ヤ・シュトラ殿に手渡された解毒薬を少しずつ飲み下しながら、王政庁の回廊を走る。すると物陰に身を隠していたサンクレッド殿が姿を見せ周辺の状況を端的に伝えた。どうやらウルダハの主要施設は抑えられているらしい。さらに一連の経緯を鑑みれば、此度の件はナナモ陛下のみならず我々『暁』をも狙われていた可能性が高い。
「サンク……殿、ミル、ラは……!」
「何度かリンクパールを鳴らしてみたが、繋がらなかった。もしやと思ってミューヌさんに連絡を取ってみたんだが……グリダニア郊外で襲撃を受け、行方知れずらしい」
「…………!」
嫌な予感が的中し、拳を震わせる私に、パパリモ殿は「ウイキョウ、落ち着け!」と一喝する。
「黒衣森の地の利ならミルラの方にあるし、奴らもグリダニア領内で派手なことは出来ない筈だ。何より彼が人質に取られている可能性は潰えた。ボクたちは何も気にせず逃げ延びればいい……違うかい?」
彼の言葉に私は深く息を突き、そう、ですね、とかすれた声で答える。ともかくここから出ないことには、彼の安否も確認出来ないのだ。
その後、サンクレッド殿の提案で私達は、ナナモ陛下の私室の隠し通路から地下水路に出て、王都からの脱出を図った。
……しかし、兵の展開が予想以上に早く、パパリモ殿とイダ殿、サンクレッド殿とヤ・シュトラ殿が追跡兵の迎撃に残ることになってしまった。
以前の私であれば、帝国軍と相対したときのように、全てを一網打尽に出来たであろう。しかし、今や『超える力』を封じられた上に沈黙毒で詠唱と戦歌を封じられ、弓も奪われて手元にない。今の私は丸腰の一般人に過ぎないのだ。
そのような私を、皆はエオルゼアの最後の希望として全力で逃がした。
シャーレアンきっての才を持つ賢人たちを半ば盾にするようにして、私たちは肌寒い通路を駆けてゆく。
地上への出口が見えたとき、ミンフィリア殿が突如立ち止まり、「為すべきことのためここへ残る」と告げてきた。盟主である彼女をおいていくなど、到底承服できないと私は首を振るが、彼女はどうか分かって、と困ったように笑みを浮かべる。ハイデリンの呼びかけがあったようだが、詳しいことを説明している時間は無いのだという。
そして、別れ際にヤ・シュトラ殿が言っていたことを繰り返すように、私自身が暁の血盟の『希望』であると言い聞かせてきた。
――希望の灯はまだ消えてはいない。あなたがいるかぎり、何度でも灯すことができるのだと。
「だから、生き延びて……。そして……いつの日にか、エオルゼアに救済を」
そう言い残し、彼女は私が止める間もなく通路を逆走し、姿を消した。……私は唇を噛みしめ、やるせない思いをぶつける様に近くの壁を叩き、出口へと駆ける。
月明かりが差す地上へ出た瞬間、物音がして身構えると、聞きなれた足音が聞こえ、警戒を解く。姿を見せたのは、双蛇党に支給されて以降共に旅をしてきた私のチョコボだった。
無事だったのですね、と頭を撫でると、彼はホッとした様子でキュウ、と鳴き顔を摺り寄せてきた。確か石の家の厩舎に預けていたはずだが、クリスタルブレイブの襲撃を受け、脱出してきたのだろう。途中、何らかの戦闘があったのか、所々羽が抜け、血が滲んでいた。そして彼が嘴で示したチョコボ用鞄の中には愛杖・タイラスが収められていた。ア・トワ様の形見として大切にしていたのを知って、持ち出してくれたのかもしれない。
さらに、チョコボキャリッジの御者・ブレモンダ殿まで駆けつけてくれた。アルフィノ殿の妹、アリゼー殿の頼みでわざわざウルダハ周辺を捜索して下さっていたらしい。
……彼女には、先日バハムートの一件で助力していたのたが、早くも恩を返すべく動いてくれたのだろうか。感謝しつつも、危険な目に遭っていないか心配も残る。
負傷してなお私を乗せて走ろうとするチョコボをどうにか宥めてキャリッジへ誘導し、私たちは夜通し移動することになった。道中、何度かミルラのリンクパールを鳴らすも、全く出る気配がない。ピピン殿が「少し休んだ方がいい」と気遣って下さったが、とても眠る気分にはなれず、気づけば夜が明け始めていた。
国境付近に差し掛かった所でブレモンダ殿やピピン殿と別れ、連絡を受けてその場に駆けつけたシドの愛機・エンタープライズで私たちはウルダハ領から脱出を果たす。向かうはクルザス中央高地のキャンプ・ドラゴンヘッド。――現状、唯一信頼して身を置ける場所である。
私達を出迎えたオルシュファンは既に大方の事情を把握しており、本国が落ち着くまで、キャンプの一角を拠点として提供して頂けることになった。どうやらタタル殿も、ウリエンジェ殿やユウギリ殿の助力によりこの場所に逃げ延び、今は客間で休んでいるようだ。
一方、未だ声が掠れている私を心配するオルシュファンに、アルフィノ殿は詳しい経緯を説明する。彼は「それならば」と部下に掛け合い、トイレ付の療養部屋を手配してくれた。私は、以前の滞在で世話になった医師から催吐剤や下剤、解毒薬を受け取り、部屋に籠る。
……そうして1時間ほどかかっただろうか。すっかり体の中が空になり、ようやくまともに声が発せるようになった。私は設備を清掃し、心配そうにこちらを見つめる医師に薬瓶を返してから、客間へ戻る。そこにはぐったりと椅子にもたれかかるアルフィノ殿と心配そうに見つめるタタル殿の姿があった。
彼は、消え入りそうな声で自嘲する。自分が『暁』を我が物であるかのように振舞い、自分の行いですべてを解決出来ると奢っていた、そのせいですべてを失ったのだと。
かける言葉が見つけられずにいると、オルシュファンが静かに入室し、人数分のマグカップを差し入れた。「まだ終わっていない、共に歩むことのできる仲間がいるではないか」と穏やかに励まし、タタル殿も涙ながらに頷く。
――生きてさえいればまた、灯を灯すことだってできる。
その言葉にアルフィノ殿は大きく勇気づけられたようだ。タタル殿やオルシュファンはもちろん、ただ座っていただけの私にまで礼を告げてくれた。
今後の決意がついたところで私は「今夜は休みましょう」と声をかけ、二人を休ませた。
そして二人が寝静まった所で幻具を手にし、外套を羽織って客間を出ようとした途端、オルシュファン殿が立ちふさがり首を横に振った。
「今、私の部隊が中央高地全域を捜索している。――ここは任せて貰いたい」
「しかし……!!」
私が食い下がろうとしたとき、不意に玄関の方でガタン、と物音が聞こえ、私たちは顔を見合わせる。暁の者か、それとも。私は幻具を構えて進もうとしたが、オルシュファンに『待っていてくれ』と念を押され渋々従う。しかし、彼は動揺した様子で駆け戻り、すぐに来て欲しい、と私を促す。
駆けつけた先にいたのは、一見すると見慣れないララフェル族である。しかし、頭の上で不自然に揺れる兎のような耳が目に入り、私は反射的に彼の元へ駆け寄った。
「ウイ、キョー……」
その声、独特の発音を耳にした瞬間、疑念は確信へと変わる。――ああ、なんということだ。姿かたちは変わっているが、この子は確かにミルラだ。
彼はポロポロと涙を流し、私に縋りつく。抱き留めた体からずり落ちる丈の合わない服は、血で真っ赤に染まっていた。……彼自身に外傷が見当たらない。つまりは。
「ウイキョー、ボク、ヒトを」
言い終える前に私は彼を強く抱きしめた。
「大丈夫。もういいのです。ここにいるものは皆味方。――誰を傷つける必要もありません」
絞り出すように告げると、彼は「そっか」とホッとしたように微笑み、がっくりと意識を失った。
私は熱湯と消毒液を借りて彼の身体を拭きベッドへ横たえた。詠唱能力も多少回復していたため、『リジェネ』を唱え、彼の容態を傍で見守る。
命を狙われ、雨や雪に晒されて、一体どれだけの間彷徨っていたのだろう。種族や体格まで変えてしまうと言われる『幻想薬』を使い、ララフェル族の慣れない体で行軍したとなると、その過酷さは察するに余りある。
彼はその持前の生命力のおかげで、数時間後には徐々に熱も引き、呼吸も穏やかになってきた。しかし、私は己のやるせなさのあまり一歩も動けず、ひたすら彼の汗を拭い、氷枕を取り換え続けていた。すると、扉が開き、私の視界の前を横切るようにしてパン粥が置かれる。
「あまり根を詰めるな。毒抜きで腹を空にしたきり、何も食べていないのだろう?」
オルシュファンは穏やかな口調で嗜め、椅子を持って私の隣へ腰かける。そして自身のマグカップでゆっくりとミルクティーを飲み始めた。私の看病に付き合う、という彼なりの意志表示だ。……私は粥の器をじっと見つめたまま、握りしめた拳を震わせる。
「――私の、せいだ。私の力が及ばないせいでこの子をこんな目に遭わせてしまった」
「この状況では、お前といえど限界はある。寧ろ、戦いの腕を磨いたからこそ、ここへ生きてたどり着くことが出来たのではないか?」
「……この子は人の心に敏感すぎる。だから戦いの際はエーテルで覆ってあげなければならない……本来、荒事には向いていない筈なのです。ああ、このような事になる位なら、いっそ最初から戦いから遠ざけていれば……」
そこまで口走り、私はハッと我に返り、謝罪する。
「失礼。……剣術を指南して下さった貴方に、礼を欠いた発言を……」
「いや、気にするな。お前がいかに彼を案じているかは私も分かっているつもりだ。――ただ、これだけは言わせて欲しい」
彼はマグカップを置き、こちらを見据える。
「ミルラは間違いなく本気で剣術に臨んでいた。刃を振るえば、いつかは業を背負うことも分かっていたはず。だが、それでもなお、お前とともへ先へ進む道を選んだのだ」
「そう……ですね」
ミルラの指南役の彼に指摘されては、私もそれ以上は言葉が出てこなかった。彼の言葉に、茹っていた頭が徐々に落ち着いてくるのを感じる。……そう。この子はしっかり考えた上で戦いに臨んでいる。それを全て私の裁量であるように捉えるのは余りにも傲慢なことだ。
――ああ、情けない。これではアルフィノ殿のことをとやかく言えたものではない。いい歳をした大人だというのに、私は……なんて未熟なのだろう。
心の中で自虐しながら俯いていると、オルシュファンは氷枕を交換し、ランプの油を足してゆく。
「……所でウイキョウよ。お前は自分が英雄に足らない存在と思っているようだが、私はそう思わない。寧ろこのエオルゼアにおいてお前以上の器はないとすら思う」
「私が、ですか?」
突拍子もない話題転換に目を白黒させていると、 彼は大きく頷き、語り出す。
「力と権力を持つ英雄は数多にいる。だが、お前には唯一無二の愛情が、優しさがある。手が及ばぬ事実を嘆き、憂いているのがその証拠だ」
快活に話す彼の言葉に私は目を伏せ、首を振る。優しさばかりではどうにもならない、と。
私の力が足りないばかりにムーンブリダ殿の尊い命を犠牲にした。アルフィノ殿のことだって危機感を感じていながら助言の機会を逃しこのような事態を招いてしまった。英雄どころか大人としても失格だ。――私は、弱い。
「ならば、これから成ってゆけばよいではないか。”強く優しい英雄”に!」
彼の言葉に私は目をしばたかせる。この期に及んで、そんなお伽噺みたいな……と思いつつ言葉を飲み込む。しかし彼はそんな私を見透かしたように、「出任せではないぞ?」と付け足した。
「タタル殿が言うとおり、生きてさえいれば何だってできる。だから、お前ならきっとなれる。とてもイイ英雄にな。そのために私はあらゆる手を尽くして見せよう!」
いつの間にか立ち上がり、早口で両こぶしを握りしめる彼に、私は思わず息を吹き出した。
「また、そんな臆面もなく。強くなるためのトレーニングにでも付き合って下さるのですか?」
「む!それは非常に魅力的な提案だな。お前のイイ身体と心が益々たくましく成長していくのを見守れるのだ。友としてこれ以上嬉しいことはあるまい」
「友……」
弱まっていたランプの炎が、再び煌々と上がるのを見ながら、私は少し冷めたパン粥を口に運んだ。ミルクと塩のシンプルな味を噛みしめながら飲み込む。
――冷え切っていた体の芯に、仄かに火が灯った気がした。