控えめオスラと花のうさぎ~蒼天編2

ミルラの回想

街頭のざわめき、鎧の擦れる物々しい金属音に、急き立てられるように歩かされる。
――イシュガルドの異端審問官は、ボク達を取り囲むようにして粛々と歩を進めていた。
特に大きな騒ぎを起こしたりはしていない。『忘れられた騎士亭』のテーブル席でタタル達と情報共有をしていただけなのに。
『異端者との密通容疑』と銘打って、僕達はあっという間に連れていかれることになったのだ。

怯えるタタルを気遣いながら歩いていくと、開けた場所へ出る。
正面には裁判官のヒトが並んでいて、四方からたくさんの視線が突き刺さる。荘厳な教会のようであり、一方でウルダハの闘技場を思い出す風景だ。
 一時は隙を見て脱出した方がいいだろうかと迷ったけれど、アルフィノから決闘裁判の話を伝えられ、戦う決意をした。ボクとアルフィノは自ら戦って身の潔白を証明し、戦えないタタルは代理闘士を立てる。その役目を 引き受けたウイキョーも後で合流する予定だ。

決闘場の定位置に誘導されたボク達は順に名乗りを上げるように促され、先ずはアルフィノがやや緊張しつつも堂々と名乗り、決闘裁判を申し出る。タタルも声を震わせながら名乗り、代理闘士を立てる旨申し立てた。ボクもそれに倣って名乗ったのだけれど、何故か裁判を司るヒト達は互いに顔を見合わせ怪訝そうな顔をする。
「異邦人・ミルラ。これは戦神ハルオーネの御前、神聖なる裁判場である。自らの潔白を主張するのであれば、今一度正しき名を述べよ」
「た、ただしき、名前……?」
 どうしよう。『元の名前』は口止めの魔法で名乗ることが出来ない……そう思い口ごもっていると、アルフィノが『ウイキョウが言っていたことを思い出すんだ!』と小声で助言をする。それはもしかして名前の後ろに『姓』というものを足して名乗れ、ということ?
 焦りながら思案していると――不意に何者かに耳を鷲掴みにされ、身体が宙に浮いた。
「へぇ……ふざけた仮装かと思ったケド、ホンモノなのねぇ、コレ」
「ミルラさんっ……!?」
 タタルの悲鳴と共に、引きつるような痛みが走る。振り返れば、浅黒い顔の男のヒトが冷淡な笑みを浮かべてこちらを見下ろしていた。

そのヒトの名はシャリベル・ド・ルジニャック。ボク達被告側が代理闘士を含めて3人だと聴いたため、告発側の戦力として急遽加勢しに来たのだという。裁判長は公平さを担保するため妥当な措置であるとして彼の参戦を認める。
「アア、ごめんなサイ。ララフェル族の耳の他に兎みたいな耳までついてるなんて。気味が悪くてつい確かめたくなっちゃったノ。……名乗りの途中だったのよネ。サ、続きをどうゾ」
「その前に彼を解放しろ!痛めつけられていては話すことも儘ならないだろう!」
 アルフィノが強く抗議をするが、シャリベルは意に帰さず、肩を竦める。
「何を大げさな。たかが『名乗る』だけのことじゃナイ。後ろめたい出自が無いのなら、家の名前を名乗るなんて造作もないコト。そうよねぇ?『薄汚れた野兎』ちゃん?」
 ギリギリと耳を握りしめ、顔を近づける彼に、ボクは恐怖のあまり声が出なくなってしまった。
 身体が震える。口の中が、乾いていく。周囲からはどす黒い悪意と、疑念の視線が突き刺さる。
 ――どうしよう、真っ当なヒトのふりをするために姓名がこんなに大事だったなんて。こんなことになるなら、ウイキョーの言いつけを後回しにしないで考えるべきだった。
 ボクに相応しい姓を、家を。……でも、ボクは――。

ざわめきがいよいよ大きくなり、しびれを切らした裁判官が口を開きかけた、その時。
カン、と石杖の音が闘技場の反対側から響いた。

 「――そこまでです。その者の名は”ミルラ・ユキノシタ”。我が子への狼藉は、この私が許しません」

瞬間、ボクを掴むシャリベルの腕を風の刃が掠め、彼は舌打ちをしてボクを放り投げる。
 咄嗟に受け身の体制を取ったものの、間一髪滑り込んだ声の主――ウイキョーに抱き留められ、床に叩きつけられることは無かった。
「ミルラ。遅くなりました」
 ウイキョーは気づかわし気に囁き、ボクの耳に治癒術をかけ始める。一方で攻撃を躱したシャリベルは大きく跳躍して告発人側の席へと戻っていた。
「我が子……って事はアナタが父親?種族も、肌の色も、似ても似つかないじゃナイ」
「霊災孤児であった彼を私が養子に迎えたのです。このエオルゼアにおいては珍しい事でもないのでは?」
 淡々と言葉を返すウイキョーのココロの中に、真っ赤な怒りの炎が燃え盛っているのを感じる。
 ――けれど、何故だろう。それを感知したボク自身は全然『怖い』って感じなくて。胸の中が温かいもので満たされていくようだった。


「いずれ真っ当な生まれじゃねえって事か。異端疑惑を必死に否定しているようだが、怪しいもんだな」
「どうとでも。いずれ、この決闘裁判の決着がつけば全て詳らかになること。――謂れのない罪を着せ、力を以て押しつぶす。そのやり口がイシュガルド流だと仰るなら、私も郷に従いましょう。」
 そう言い放ち、ウイキョーは石杖『タイラス』を構え、裁判官を一瞥する。
「申し遅れました。私の名はウイキョウ・ユキノシタ。我が子と我が同胞たちの濡れ衣を晴らすため、この杖を振るいましょう。
 ――さぁ、審議開始の許可を」
 圧に押され、裁判官は咳払いをしたあとに開戦を宣言した。
 見守るタタルの前に鉄格子が降り、闘技場の床の空洞部分がせり上がり、被告人と原告人の陣地がつながった。
 瞬間。シャリベルの周囲に魔力が急激に収束する。――あれは、迅速魔だ!
 強力な炎のエーテルの気配に盾を構えて前へ出ようとした瞬間、真横を長身がギュン、と通り過ぎる。

 エーテリアルシフトの風で前髪が舞い上がり、鈍い打撃音と共にシャリベルが叩き飛ばされるのが見えた。
 ドォンと凄まじい音と共に石壁にぶつかり、衝撃で会場が大きく震え、土埃が落ちる。
 観戦客が悲鳴を上げて次々と退出する中、ウイキョーは涼しい顔で杖の返り血を掃う。


「ハ!術士自ら前に出るとは!」
 そう嗤い、グリノーがウイキョー目掛けて斧を振りかぶる。ボクはそれを見逃さず、飛び掛かって盾を叩きつけ、斧の軌道を逸らした。
 舌打ちをした長身の男が振り返り、こちらを睨みつける。
 ララフェル族になった今、体格も、武器も相当差がついてしまっている。先ほどの防御行動で受けた衝撃も以前より増していた。
一方で、『怖い』という気持ちは殆ど感じなくて。ボクは振り下ろされた斧を後転しながら避け、神聖魔法をぶつけて反撃する。
 ――体が縮んだということは、その分小回りの利く動きが出来るようになったということ。
 剣術士ギルドでのララフェル族達の動きを思い出しながら、斧を避け、股下を搔い潜り、足元を狙って斬りつけ、また避ける。
 時折アルフィノの治癒術がボクの身体に作用し、細かな傷が癒えていくのを感じた。


「クソ、ちょこまかと……!」
 グリノーが苛立った声をを上げると、突然足が引っ張られ、ボクは慌てて剣を地面に突き刺して体を支える。見れば、足首に魔力で編まれた鎖が巻き付いていた。
「ミルラ!危ない!」
 アルフィノの声に振り返れば、ポールクランが剣を構えてボクへ向かってくるのが見えた。この体制で受けきれるだろうか、と不安が過る。
 が、彼は突然表情を強張らせて足を止めた。
「おい!後ろ……!」
 目線がボクに向いていないということは、グリノーに言っているのだろうか?そう思った瞬間、乾いた音と共に鎖が絶たれ、土エーテルの気配と強かな打撃音、うめき声が上がった。
 振り返れば盛り上がった岩塊、そして空中へ弾き飛ばされたグリノーの姿が見える。
 ウイキョーが岩塊を駆け上がり風のエーテルの助けを借りて、追うように跳躍、そして石杖を振りかぶって彼の溝尾を――目いっぱいの力で叩きつけた。
 衝撃と共に落下した彼は闘技場の床をも突き破り、大きな衝撃音とともに沈黙する。
 その光景にあっけに取られて固まるポールクラン。その脚にボクは軽く斬撃を入れ、膝をついた彼の喉元へ刃を突きつけた。彼は悔しそうに呻きながら両手を上げる。


 「やったぞ!これで勝負は――うわっ!?」
 魔導書を仕舞いかけたアルフィノ――が居た場所に魔方陣と共に業火が噴き出す。
 間一髪、引き寄せ魔法で彼を救出したウイキョーは岩塊の影に隠れていたシャリベルを白魔法『ホーリー』で無力化し、取り落とした彼の杖を踏みつけてけん制した。
 不意打ちには驚いたものの、今度こそ決着……そう思った時。

「下民が、いい気になるんじゃナイわよ……」
 シャリベルがドスを聞かせた声で毒づくと、彼の身体からものすごい圧のエーテルが滲み始めた。あれは一体……?と息を呑んでいると、ポールクランが両手を上げたまま、叫ぶ。
「シャリベル!よすんだ。フォルタンや他所の連中がまだ会場に残っている」
「……チッ。仕方ないわね。今日はこれで見逃してアゲル」
 そう言い捨て、彼もまた手を上げて降参の意を示す。それを見た裁判官たちは顔を見合わせて頷き、ボク達の勝訴が宣言された。

オルシュファンの雄たけびと、複数人の拍手。どよめきやひそひそ声。様々なココロが闘技場に飛び交う。
 一方のウイキョーはというと、パンパンと手の埃を掃い、大きく息を吐き。
「さ、帰りましょう。時間の無駄です」
 そう言って、倒れる蒼天騎士達には目もくれず、ボク達を連れてその場を後にしたのだった。