控えめオスラと花のうさぎ~蒼天編3

ウイキョウの日記

有事の連絡を受けた私は、急ぎグリダニアからイシュガルドへ転移し、アルフィノ殿と合流する。
チリチリと肌に刺さる寒気を抜け、フォルタン家の門をくぐると、ミルラとタタル殿が出迎えてくれた。2人とも既に事情は伝えられているようで所在なさげに辺りを見渡している。

ドラゴン族襲来の予知を受けた屋敷内は、既に有事の様相を呈していた。豪奢な調度品は応接間の隅に寄せられ、無骨な軍議用の卓が中央に鎮座している。騎士や使用人、出入りの商人が忙しなく動きまわり、鎧の擦れる音が鳴り響く。
 出迎えも出来ずにすまない、と鎧姿のフォルタン伯が出迎える。彼らは我々を戦争に巻き込みたくないようで、『皇都から退避する算段を整えて欲しい』と伝えるとそのまま軍議に入ってしまった。

一先ず邪魔にならない場所で話をしよう。そう結論づけた私達は屋敷を出て、ラストヴィジルの片隅に集まる。
見渡せば、何処の家も避難や出兵準備、食糧の備蓄にてんてこ舞い。平時のごとく他人の話を盗み聴くような余裕は無さそうだ。そう判断し、声を潜めて話し合いを始める。

まず、私がエオルゼアの状況を共有した。イルベルドらは既に表舞台から撤退しており、我々はもうナナモ陛下の暗殺犯として追い立てられることは無くなった。
よって、イシュガルドを出ても問題無い状況ではあるが……と前置き、私はアルフィノ殿へ視線を遣る。予想どおり、彼は首を横に振った。
「暁としてこの窮地を放っておくことはできない。君だってそう思っているのだろう?」
 彼の言葉に私は頷く。フォルタン伯の厚意は有難いことだが、だからといってそれに甘んじて保身に走るような心根は持ち合わせていない。ミルラも想いは同じようで、「今度はボク達がフォルタン家のオンガエシしなくちゃ!」と張りきっていた。


「……でも、防衛戦の時と違って、戦力がまるで足りないでっす」
 俯きながらタタル殿が呟くと、ミルラはしょんぼりと黙りこむ。
「参戦するにしても向こうは集団だ。我々数人では限界があるな…」とアルフィノ殿も現状を口にし、それきり全員口を噤んでしまった。

これ以上寒空の下で黙っていても考えは煮詰まるばかりだろう。私は皆を促してエリア端の展望場に移動した。
 壮麗な教皇庁を中心に美しい景色が広がるイシュガルド上層部。いつもなら貴族たちが思い思いに世間話に花を咲かせているものだが、今は召使や商人たちが忙しなく駆けまわっている。恐らく、ドラゴン族襲撃に備え、どの家も物資の確保に追われているのだろう。
――そして。次、下層の雲霧街のように炎に焼かれるのはこの景色かもしれないのだ。
 そう思い至ったのは私だけではなかったらしく、ミルラも世話になった商店街の人々の顔を思い起こし、案じている。
 歓迎のスープをくれたマーケットのヒト達も、案内をしてくれた使用人さんも、スカイスチール機工房のみんなも、失われた騎士亭のマスターや常連さんも、次の戦闘で帰らぬ人になってしまうかもしれない。……そんなの、黙って見過ごせない、と。
 ミルラの言葉にアルフィノ殿は「そのとおり。私も同じ気持ちさ」とほほ笑む。

「ならば、我々の目標は戦勝ではなく、あくまで停戦、ということになりますね――市民の犠牲を避けるためにも」
 そう私が総括すると皆同意をした。 
 その上でイシュガルドへの再攻撃を防ぐ手段を議論していると、アルフィノ殿とミルラが『氷の巫女』イゼルの一件に言及した。今までの凶行を鑑みて反射的に眉間にしわを寄せる私に、ミルラは「あのヒトの意志は本物だと思う」と訴える。
 ……クルザス西部高地で遭遇したとき、彼女は幻竜ミドガルズオルムの幻体と対話し、竜と人間の戦いには彼女しか知りえぬ真実があるのだと繰り返し述べていた。鵜呑みにすることは出来ないが、この状況下においては一番の手がかりになるだろう。ミルラの『人の心の色を読む』力が純然たる悲しみを感知したというのなら、少なくともその心根は清いようにも思える。そう考えると対話する意味はありそうだ。
 ひととおり思案し、私は彼女に接触するという彼らの意見に賛同した。
 ――そのとき、不意に高所から鎧姿の竜騎士が人とは思えない身のこなしで、我々の傍に降り立つ。


「その旅路、俺も同行させてもらおう」
 声を掛けてきたのは、蒼の竜騎士、エスティニアン殿であった。体制側の彼に今の会話を訊かれてしまったか、と一瞬警戒する。しかし意外にも彼は教皇庁へ通告するつもりはなく、秘密裏に我々の旅に同行し、交渉が通らなかった際に次善の策としてニーズヘッグを討伐するつもりらしい。
 曰く。彼の持つ『竜の眼』や『超える力』を持つ私とミルラの力を併せれば、敵将たる竜を討ち果たし、この戦争を終結させることも夢ではない、と。
 ……ミルラを当たり前のように戦力に加えていることに閉口するが、折角協力を申し出て下さったところで話の腰を折るのも如何なものかと思い、言葉を飲み込む。何せ、今は少しでも人手が欲しい状況なのだから。
 奇しくも、利害一致という形で戦力と目的が定まった私達は、ともに旅に出ることを決める。タタル殿にはフォルタン家との情報共有と待機をお願いし、アイメリク総長に先制攻撃を控えるよう依頼をした上で、私達は皇都を発った。

先ずは最後にイゼルと遭遇したクルザス西部高地へと向かう。アジトの地下で発見された書簡を手掛かりに以前シヴァと対峙した円形劇場へ赴くも、残念ながら末端の異端者と戦闘になったのみで、イゼルの姿は見当たらなかった。
 よって次はエスティニアン殿の提案で西部高地の大氷原に露営地を構える聖フィネア連隊へ接触。以前異端者からの勧誘を受けた方の証言から、ウーリーヤクの毛皮を燃やして紫色の煙を上げることで加入の意志を示せることが明らかとなった。これを逆手にとって先方を呼び込むこととし、アルフィノ殿はエスティニアン殿とともに慣れない薪集めに奔走。私はヤクを狩りに出る。話を聴く限り粗皮で問題無さそうだったため、仕留めた場所で血抜きを済ませてから露営地の一画を狩りて皮を採取し、残りの骨や肉は場所貸しと情報提供の礼に聖フィネア連隊へ差し上げてきた。

そして首尾よく素材が揃い紫色の狼煙を上げて待機していると、静かな足音とともに雪原の向こうから青いローブの女性が現れる――氷の巫女・イゼルだ。
 私達は敵意がないこと、そしてドラゴン族と対話の意志があることを手短に告げる。すると彼女は『超える力』によって知った過去の顛末を我々に打ち明けた。
 かつて一人の乙女と聖竜の悲恋が架け橋となり、人と竜が共に生きた時代があったこと。しかし、蜜月関係は人間側が七大天竜を騙し討ち、その目を奪ったことで終焉を迎え、以後終わりの見えない千年戦争が続いているということ――。
 ひととおり彼女の話を聴き。私は、少し考えてから返事をする。
「ならば、ドラゴン族の中でも比較的穏健的な派閥……フレースヴェルグらと対話するのが現実的でしょうね」
「信じて……くれるのか?」
「――ええ。もし我々を陥れたくば貴方ひとりでここへ来たりはしないでしょう」
 私が彼女の言い分に同調したのが意外だったのか、イゼルは薄水色の瞳を丸くしていた。
 ……確かに、何の予備知識もない状態で聴けば、荒唐無稽とも思える話ではある。だが、国家が謳う千年戦争の伝承と併せると、実に合点がゆく。あの皇都で感じた言いようのない”違和感”の正体が少し分かった気さえするのだ。
 ――歴史は支配種族にとって都合の良いように語られる……人間の有り様はどの地でも同じといった所だろうか。
 もちろん彼女の言葉を鵜呑みにすることは出来ない。しかしてこの局面においては、手垢の付いた神話に縋るよりも、ミルラが感じ取った彼女の真心を頼りにする方が余程建設的というものだ。

「ねえねえ、そのフレースヴェルグはどこに住んでいるの?」
「あ、ああ……かの竜は――」
 早速率先して話しかけたミルラに、彼女はやや押され気味ながら、丁寧に説明をしてくれた。
 竜の領域、ドラヴァニア高地。そこを抱く霊峰ソームアルを越えた先が、聖竜フレースヴェルグの居留地のようだ。
 目的地が定まった私達は連れたって移動を始める。幸い、ある程度の長旅を想定して備えはしていたので、皇都へ戻る必要も無さそうだ。

移動距離の長さを鑑みて、黒チョコボを呼ぼうと懐の笛に手を伸ばした時。――不意に『超える力』の幻視症状が現れた。
蒼く輝くエーテル空間の中、何かが割れたような音が響き渡る。それと共に不活性化した魔方陣の一部が、再び輝きだしたのだ。
身体が心なしか軽い。もしや、と思った時、ミドガルズオルムの幻体が見計らったように姿を現した。曰く、私が竜の爪による封印の一部を無意識化で打破したのだという。
 「調和を望み、混沌を鎮めんとする固き決意。人の意思。その行く末を見極めさせてもらおう」
 そう言い残し、かの竜は姿を消した。
 状況を感知したミルラが、嬉しそうに笑みを向け、私も笑顔で頷き返す。

”人の意思を見定める”。その基準がなぜ自分なのか。それが果たして、妥当であるのか。
 胸につかえるものを仕舞いこみながら、私は体を起こし、アルフィノ殿の後に続いた。