控えめオスラと花のうさぎ~蒼天編1
ミルラの回想
スカイスチール機工房から戻ったボクは、支給されたぴかぴかの銃を腰に下げ、うきうきとスキップしながら帰路に就く。フォルタン家の屋敷の応接間に入ると、エマネランさんが待ちくたびれた様子でボクを出迎えてくれた。
皇都の街巡りを終えた後、ボクは工房に残ってギルド入門の手続きや兵装の扱いのレクチャーを受けていたのだけど、その間にウイキョーからリンクパールで彼の手伝いをするよう言いつけられていた。
お待たせしてごめんなさい、よろしくね!と挨拶すると、彼は少し歯切れ悪く「あ、ああ。よろしくな、相棒」と答えつつ握手を交わす。
「本当はあの英雄に来て欲しかったけど……まあ、贅沢も言ってられねぇか」
そうぼやくと、一旦退席し、真新しい鎧に着替えてきたのだった。
こうしてエマネランさんと、従者のオノロワの3人で飛空艇に乗り込み、目的地へと向かう。
雲海と呼ばれるエーテルの雲を抜けていくうちに身を切るような寒さが徐々に和らいでいくのを感じていると不意に視界が開け、ボクはその光景に歓声を上げた。
――雲の間に青々とした大地が『島』となって浮かんでいたのだ。
透き通った空、流れる雲。空中に美しい花を咲かせる、見たこともない植物……見るもの全てが鮮やかに映り、ボクはたまらず船首に駆け寄る。
「すごーい!オルシュファンの言ってたことは本当だったんだ!」
「何だ、雲海を見るのは初めてか?オレらとしちゃあ只の僻地なんだが……」
「けれど、こう新鮮な反応を頂けると何だか誇らしい気分になりますね、はい」
そう言って、オノロワはボクに雲海について解説を始めた。雲海は海洋と同じ広大なエーテルが滞留している場所であり、そこに島々が文字通り浮いて点在している。絶景である一方でエーテルが少なくヒトが暮らすには厳しい環境であること、……それ以前に地上からは遥か上空に存在する地帯でもあるので飛空艇無しには到達することすら難しいことを順を追って教えてくれた。近年イシュガルドが雲海へ進出出来たのはあのシドのお陰であることも。
目的地のキャンプ・クラウドトップが見え始めると、エマネランさんは心なしか口元を緩めてソワソワし始める。そして着陸するやいなや小走りでボク達を依頼人の元へ案内してくれた。
――今回の任務はアバラシア雲海を管轄するアインハルト家の支援。キャンプ・クラウドトップの指揮官ラニエットさんは、ここ最近急に敵対的になったバヌバヌ族たちの監視と対処を依頼……する予定だったのだけど、どうしてか予定を変えて、一緒に来たエマネランさん『を』見張るよう依頼してきた。
どうやらラニエットさんの目の前で派手な功績を立てることばかり考えているから、無茶をしようとしたらやめさせて欲しいみたい。
確かに彼は戦いはあまり……全然得意じゃないみたいだから、安全のためにそうした方がいいだろう。けれど……彼自身は、何故実力以上のことをしたがるんだろう?ボクはそう思って、退屈そうに雲海を見張るエマネランさんへ尋ねた。
「ねえ、エマネランさんってラニエットさんのことになるとすごい張り切るよね。どうしてなの?」
「ふーん。それ訊いちゃうんだ。……ま。お子ちゃまには分からない世界ってやつさ!」
そう言って得意げに水筒のミルクティーの香りをかぎ、ゆったりと飲み始める。ボクはむー、と少し考え、ふと閃いてぴんと人差し指を立てた。
「そっか!エマネランさんは雄だから、女の子のラニエットさんの気を引いて子孫を残そうと頑張ってるんだね!」
「ぶほッッ!?」
エマネランさんの口からミルクティーが霧のように吹きだした。
彼は戸惑いとか怒りのココロを滲ませながら、しばらく咽続け、ようやく収まってから恨みがましそうな視線を向ける。
「お、お前なあ!デリカシーってものはないのかよ!」
「え?鳥や蝶々も、華やかな羽で一生懸命女の子の気を引いてるんだよね?何も変じゃないと思うけど……」
オールドシャーレアンで読み込んだ図鑑の内容を思い出しながら答えると彼はげんなりと肩を落とす。
「オレは人間未満かよ……」
「いえ、十分的を得ている発言かと、はい」
きっぱりと言い放ったオノロワにエマネランさんは項垂れ、悲しみの心を滲ませた。
彼は暫くの間落ち込んでいたけれど、そのうち「まあ、オレ様が鳥や蝶のように風流なのは事実ですし?」と立ち直り、この国のことについて分からないことがあれば訊いてくれよな、とアピールして見せた。(もしかしたら見張りが退屈過ぎるので眠気覚ましが欲しかったのかも。)
一方で見るものすべてが新鮮なボクは、これ幸いとたくさん質問をした。雲海の気候に植物、魚から暮らしの工夫、そしてバヌバヌ族のこと――話せば話す程疑問は尽きない。エマネランは頼りにされたのが嬉しかったのか、徐々に明るい雰囲気を纏い始め、ボクの質問をスラスラと……オノロワに流して、彼がため息をつきながら丁寧に説明すると「うんうん、そのとーり!!」と腕組み、頷くのだった。
こうして雲海でのあれこれを学び、ボクは充実した時間を過ごしたのだけど、逆に言うと、そういう勉強ごとが出来てしまうほど平和……とも言える。
だから、話が途切れた途端何もすることが無くなってしまい、エマネランさんはあくびをし始めた。そしてもっと派手な任務をしたい、と言い出したので、一旦クラウドトップに戻り相談することになる。ラニエットさんはいっそう大きくため息をつきながらも、湧水クリスタルの収集作業を割り振ってくれた。決して華やかではないけれど、資源が少ないこの地では大事な仕事だ。
けれど、それでもなお退屈だったのか、作業の途中でエマネランさんは収集数を競う競争をしようと提案し、ひとり遠くの水場へ飛び出していった。ボクは少し不安な気持ちになりつつも、オノロワの姿が見える範囲の距離で収集を続ける。
やがて袋がいくつか満杯になったところでクリスタルも見つからなくなってきたので潮目と思い、集合場所へ合流した。オノロワと談笑して暫く待っていたけど、エマネランさんは時間を過ぎても戻って来ない。
心配になり手分けして探していると、オノロワが息せき切って駆けつける……今さっきエマネランさんがバヌバヌ族に囲まれ、連れ去られるのを見かけたというのだ。慌ててバヌバヌ族の集落に向かうと、遠目からフォルタン家の鎧を纏ったヒトが連れていかれるのが見えた。きっとエマネランさんだろう。そう思って物陰から暫く様子を伺っていたけれど、番兵がずっと警戒しているので近づくことが出来ない。……そうこうしているうちに日が暮れ始めたので、オノロワはこの場をボクに任せ、救援を呼びに戻って行った。
このままじゃエマネランさんの身が危ない。焦りを感じ始めたとき、不意にあることに思い至り、懐を探る。鞄の底から出てきたのは煙幕。まだ暁のみんなと一緒にいたとき、サンクレッドに分けて貰っていたものだ。
教わった使い方とは少し違っていたけれど、いちかばちか、やってみるしかない!そう判断し、ボクは兵装の中からオートタレット・ルークを取り出し、煙幕をしかける。
そして集落入口の門番たちが交代のために意識がそれた瞬間、火花を起こして煙幕袋を爆発させた。
黒煙が広がり、パニックで走り回るバヌバヌ族達の足元を、ボクは一目散に駆け抜ける。
そして、集落奥にエマネランさんが拘束されているのが見えたので、手早く駆け寄って縄をナイフで裂き、彼を促して出口へと駆けた。
俊足の術『プロトン』で彼の運動能力を補強しながら走るものの、やはりここはかれらの本拠地。あちらこちらから出てきたバヌバヌ族に取り囲まれそうになる。
――その時。耳になじんだ戦歌が響き渡り、攻撃魔法を唱えていたバヌバヌ族が飛んできた盾に昏倒した。
「助けに来たぞ!」
「ミルラ、此方です!」
振り返ると、オルシュファンとウイキョー大きく手を振っているのが見え、ボクはホッと胸を撫でおろす。
彼らが一緒に居てくれれば、あとはどうにか巻いて逃げられるかもしれない。そう思った瞬間、強風と地響きにつんのめりそうになる。見上げれば、浮島の何倍もあるクジラのようなものが身を翻す。雲神ビスマルク――バヌバヌ族が呼び降ろした蛮神だ。
あまりの事態に、エマネランさんは一目散に逃げだした。彼を追う形でボク達も退却を始めるが、折悪く、待ち伏せしていたテンパード達に囲まれてしまった。
気づけば後ろは崖で逃げ場はない。そんな中ウイキョーは無言で魔力を練りながら弓を構える。
……このままでは殺し合いになってしまう。確かに彼とボクが力を併せれば勝てるかもしれないけど……本当にそれでいいのだろうか。雲海に古くから住まう、美しい羽根を持った種族たち。せめてこの場だけでも『和ませ』られないだろうか……。
そのとき。とても良いアイデアが浮かび、ボクはウイキョーが止めるのも聞かずに前に出て、機工銃の撃鉄を引いた。
射出されたのは鉛玉や火薬ではなく、触媒『ミラージュプリズム』。それはバヌバヌ族達の目の前で破裂して色とりどりの光を振りまき、彼らの服は連鎖するように幻影を纏い始めた。
――そう。とってもかわいい、メイド服の!!
「な、なんだこれは!?我々の服が、羽毛を覆う窮屈な布に変わってしまった!」
「まるで綿胞子のように心もとない布ではないか。おお、おお、これも雲神ビスマルクの祝福だと……!?」
ひらひらしたレースを閃かせたバヌバヌ族達から戦意が消えていくのを感じ、ボクは作戦の成功を実感してガッツポーズをした。
――けれど、和むというより、戸惑いの気持ちの方を強く感じるのはなぜだろう?
「まったく、何がどうなってやがるんだ!?ええい、突っ込むぞ!」
「りょ、りょうかい!」
聞きなじんだ声に振り返ると、エンタープライズに乗ったシド達が大きく旋回してくるのが目に入る。
ウイキョー(何故か無言で頭を抱えていた)は武器を納めてエマネランや増援に駆けつけていたフォルタン家の騎兵を誘導し、ボクもそれに従う。我に返ったバヌバヌ族達は慌てて追いかけてきたけれど、オルシュファンが飛び乗ったのを最後に、エンタープライズは無事その場から脱出することが出来たのであった。
集落から遠ざかったのを確認してホッと息をつき、シドに事情を聞く。どうやら彼はイシュガルド教皇庁から飛空艇技術の顧問を頼まれていて、大型飛空艇の改良にも携わっていたらしい。そのためにこの雲海へ訪れていた所、ボク達のピンチをききつけて駆けつけてくれたみたい。
「しかし、何とも言えない絵面ではあったが、無事で何よりだ。あの服は……もしかしなくとも、お前の仕業か?」
ニヤッと悪戯っぽい視線を向けるシドにボクはそうだよ~!と腰の兵装を見せ、機工士ギルドへ入門したことを告げる。そして突貫改造した銃を見て貰おうとした瞬間。――破裂したような音と共に兵装が暴発し、辺りに光が舞い跳ぶ。慌てて周囲を確認するも、怪我人や備品の損傷は無く、ホッと息をつく。
「うーん、火薬とプリズムだと加減が違うみたい。改良が必要かなぁ……でも、みんなかわいい!!」
「……すみません……本当にすみません」
目を輝かせるボクと対照的にウイキョーは深々と頭を下げる。白タイツと腰が縊れたエプロンドレスの組み合わせはどっしりとした安定感を醸し出していて、とてもステキだ。けれど、当の彼は色々な色が混じった感情を滲ませながら顔を覆っている。そして、その場に乗り合わせたオルシュファンも、シドも、エマネランも。どこか気まずそうにウイキョーを慰めるのであった。
みんな、お揃いの――ひらひらのメイド服を風に靡かせながら。
その後、ウイキョーはボクに、ヒトにはその人となりを形作る装いというものがあり、時と場によって繊細に使い分けていること。だから、(例え事故でも)極端な服装を投影すべきではないことを、ボクにしっかりと言いつけた。
けれど、『極端』とか、『場や好みに合わない』って、どういうことなんだろう?そう尋ねたら、ウイキョーは難しそうな顔をして黙り込んでしまった。
――ヒトの世界って、フクザツだなぁ。