控えめオスラと花のうさぎ~蒼天編1
ウイキョウの日記
「ウイキョウ殿、少し休憩でも如何だろうか。いい茶葉が手に入ったのだ」
「伯爵殿。――ええ、私でよければご相伴にあずかりましょう」
騒動から数日後。自室で本を読んでいた私へ、フォルタン伯爵から直々に茶会の申し出があった。私はうやうやしく礼をしてからミルラにも連絡を入れるが、あいにくリンクパールに出る気配がない。機工士の修行に忙しいのだろうか。
案内された食堂には、華やかな茶菓子と茶器が用意されており、私は促されるままに席に着く。伯爵は自らティーカップを複数並べ、私に好きなものを取るように促し、ご自身はその後にカップを手に取る。そして茶を二人分淹れた後は先に茶を一口飲み、「うむ、今年も非常に良い出来だ」と私に微笑んでみせた。
――フォルタン家へ滞在するようになって以降、彼はこうして毎回食事のたびに振舞う飲食物が無害であると示してきた。恐らくはウルダハ王宮で毒を盛られた私へ配慮して下さっているのだろう。本来のしきたりもあるだろうに、彼の心意気には頭が下がるばかりだ。
「ああ、品のある風味と香りが素晴らしい。庶民の私には勿体ない程です」
「今年は多めに仕入れさせたのでな、遠慮せずともよい。先日、我が息子らが世話になったことを思えば寧ろ足りないくらいだ」
「……いや、あれはその……寧ろ申し開きの仕様が無いと申しますか……」
「何を言う!ミルラ殿の助力がなくばエマネランは命を落としてすらいた。まあ、あの幻影服も……あやつにとっていい薬になっただろう」
そう言って、彼は苦笑しながらカップに口をつけ、私も残りの紅茶を味わう。……いっそ普段の淹れすぎた茶葉のごとく叩きつけるような苦みが来てくれれば良かったのだが、生憎目の前の高級紅茶は上品な風味と香りのまま、喉と鼻孔を優しく通り過ぎていく。
あの日。出先でディスペラーを持っている者が誰もいなかったため、私たちは『そのまま』の服装で屋敷へ帰る羽目になった。夜間の人気の少ない時間帯を狙い、都市内エーテライトを全速力で渡ったため、余人には見られていない筈だ。多分。
伯爵は異様な恰好で戻ってきた我々を見てぎょっとするも、すぐに佇まいを直し、救出の礼を述べた。一方で、今一つ反省の態度が見られないエマネラン卿は盛大に殴られたのであった。その際の伯爵の鋭く無駄のない動きは、彼が元騎士であることを証明するかのようで、驚きと共に感心する。……同時に、日頃のエマネラン卿の素行を察してしまい、私は薄い愛想笑いでその場を凌ぐしかなかった。メイド服のまま、さめざめと泣いていた彼は、結局一番最後に幻影を解かれたらしい……。
そしてしばしの沈黙のあと、伯爵は空になったポットを使用人へ渡し、「時に」と口火を切った。
「――貴方はオルシュファンと、実に1年来の付き合いだとか。どのように貴方と交流を深めてきたのかも、アルトアレールより聞き及んでいる。その上で尋ねたいのだが……あれは、私のことをどう語っていたのだろうか」
エマネラン卿の件とは打って変わって、伯爵はいっそう歯切れ悪く、私に尋ねて来た。今回の本題であると悟った私は言葉を選んで伝えていく。
「伯爵殿について語られたことは決して多くはないですが……深く信用しておいででしたよ。話のわかる方であるから、きっと我々にもイ……良き対応をして下さるであろうと」
入国前の会話を思い起こしながら伝えると、彼はホッとした様子で表情を和らげる。しかし、その後何かを言いたそうにしつつも、沈黙したまま、菓子を勧めてきた。
――当初、オルシュファンの出生を知った際は、相当疎まれているのかと想像したが、それは全くの杞憂のようだ。伯爵は父親としてどう接すればよいのか悩んでいる様子。そしてきっとオルシュファンも同じような心境なのだろう。
「余所者の目で恐縮ですが、御二方とも、疎みあっているようには見えません。寧ろ……」
そう言いかけた時、突然「失礼します!」と使用人の声が響き、扉が開け放たれた。
「無礼であろう、何事か!」
「申し訳ございません……ですが、緊急事態が……暁の皆様が異端疑惑により、連行されてしまわれたのです」
「なんだと……!?連行されたのはどなたか!」
「ウイキョウ様以外の客人全員……アルフィノ様、タタル様、それにミルラ様です!」
――言い終える前に、私は血相を変えて立ち上がった。