控えめオスラと花のうさぎ~過去編1(幼少期編)
■■■■■の語り
『英雄』という言葉を耳にしたとき。どんな人物を思い浮かべるでしょうか?
勇敢な者。力が強いもの。迷いの無い者――?
かの人の在り方は、人々が憧れる『英雄象』と一見似ていて、その実、大きく異なるものでした。
けれど、彼が歩んだその道のりは、誰にも負けない、英雄と呼ぶに相応しいものであったと私は思うのです。
さて。物語は、かの第七霊災から遡ること、29年前。壮健なる神の子、アウラゼラが支配する大草原アジムステップから始まります。
広大な草原の中、息せききって翔ける少年の姿がありました。
少年の名はダイドゥクル。
『ブドゥガ族』を率いる猛き族長ですが、まだこのときは10にも満たない子どもでした。
――事の顛末を語るため、しばらくこの子の視点を借りることといたしましょう。
50以上ある部族の中でも一際風変わりな風習をもつ、ブドゥガ族。
月神ナーマの槍を名乗るかの部族は、男のみで社会を築き、暮らしを立てておりました。
当然、部族内で子を成すことは出来ないため、一族を増やす方法は他から拐うか、子を譲り受ける他にありません。
厳しい環境のアジムステップにおいて子を、それも男子を譲り受ける機会などそうそうありませんでしたから、大抵は戦いの中で攫われた者が一族に加わるケースがほとんどです。
だから、仲間が増えるときは大抵大人。
一族の将来を担う子供として、族長や周りの大人たちには大事にされるものの、
自分と近い目線で遊んだり狩りや戦いを学べる者は誰もおらず、ダイドゥクル少年は、心のどこかで寂しさを感じていました。
……しかし、それも今日までのこと。
そう。ひとりの子どもが一族の仲間入りをすると言うのです!
逸るきもちを胸に、拠点に駆けつけると、そこには大人の腕に抱かれた赤子の姿がありました。
小さな体、ふわふわの肌。産毛のような髪…。前に小さく突き出た角。
角や肌の色は少し違うけれど、自分をそのまま小さくしたような姿に、ダイドゥクル少年は目を離すことが出来ませんでした。
赤ん坊の名は『ウイキョウ』。
アウラ・ゼラとは異なる、白い角と尾を持つ男の子です。
恐らくは草原の外から来た子のようですが、詳しいことは誰も分かりません。
何でも、ある日突然、再開の市の片隅に捨て置かれていたのが発見され、話し合いの結果ブドゥガ族の子として迎えることになったのだとか。
大人たちは言いました。
今日からこの子は我々の家族であり、お前にとって弟のようなものだ。
そしてお前ともども、いずれは屈強な戦士として成長し、月神ナーマの槍として一族を繁栄させていくのだ、と。
その言葉にダイドゥクルは目をキラキラと輝かせ、大きく頷きました。
その日以来、彼は幼いながらも必死に狩りと戦いの鍛錬をかさねてゆきました。
いずれ大きくなったウイキョウに武芸を教え込むためには、まずは自分を鍛えなければ!と。
その甲斐あって、彼の格闘術はめきめきと頭角を現し、同時に体もぐんぐんと大きく、たくましく成長してゆきました。
……しかし、一方のウイキョウは、原因不明の病が原因でいつも床へ臥せっておりました。
食も極端に細いため、体も中々大きくならず、周囲の者は気を揉むばかり。
他部族から癒し手を呼んでも、原因はまったく分かりません。
体調の良い時はダイドゥクルとともに、鍛練をしたり、狩りの手伝いに行くこともありましたが、
少し走っただけで、ひどい息切れをおこすありさまです。
なんと情けないことか。これでは試練を乗り越え『終節の合戦』へ参戦できるのはいつになるのやら…。
大人たちの視線に混ざる、不安や苛立ちを感じてか、ウイキョウもどことなく塞ぎこんでいるようです。
それを見かねたダイドゥクルと一部の大人たちは、気分転換に、と彼を再会の市へと連れ出しました。
――すると、どうでしょう。
ウイキョウは最初こそ怖々と大人の背に隠れていましたが、すぐに青い瞳をキラキラと輝かせ、
あれは何?これはどこから来たの?と矢継ぎ早に訪ね始めたのです。
日頃、表情も口数も乏しい子であったのが嘘のように、短い尻尾を上下させながら、店の品を覗き込んでいます。
彼の様子を見たダイドゥクルもなんだか嬉しくなり、となりに並んで市や店の説明をし始めます。
後ろで見守る大人たちは、彼の変わりように驚きを隠せずにいましたが、
「ここまでの元気があるなら、まだ戦士としての素養はある。時々気分転換に来させるのもいいだろう」
と納得し、静かに頷きました。
ウイキョウは丁度文字の読み書きを教わり始める年ごろでしたので、簡単な教本と練習帳、そして『日記帳』を買い与えられたのでした。
それからというもの、彼は日々の出来事を熱心に綴るようになったのです。