控えめオスラと花のうさぎ~過去編1(幼少期編)
ウイキョウの日記
きょうは、さいかいのいち にいった。
いろんなたべもの、しらないもの。
たくさんのいろがあって、においがして、いろんなひとのこえがつのにひびいて めがまわりそう。
でもとってもたのしくて、たんれんではしるときはすぐいやになるのに、
いろいろみたくてはしってもぜんぜんいやじゃなかった。
だいどくるにいさんも、おとなのひともちょっとうれしそうだった。
またいきたいな。いってもいいのかな。
きょうはたんれんのひ。
いやだなあ。
だって はしったらすぐぜえぜえしちゃうし、”けん”とか”おの”をもたされて、にいさんとてあわせしても、すぐころがっちゃう。
ひざ、すりむけていたいし、そのたびおとなたちは、にがいかおをする。
もし、けんもおのも、こぶしもだめなら、ゆみとかいいんじゃないかってだれかがいってた。
うん。そのほうがいいなあ。
だってそれなら、にいさんとくらべられたり、しないから。
……きょうは、ひさしぶりにぐあい、わるくなってしまった。
あたまがボーっとして。ずっとねむっていたら、またいつものこえがきこえて
(なにいってるかわからない…)、
まぶしいまぶしい、ひかりがおいかけてくるんだ。
いつもこわくなっていっしょうけんめいにげて、めがさめる。
そのあとはつかれて、あたまのなか、まっしろになって。なにもしたくなくなっちゃう。
よみかきのおけいこをいっしょにするはずだった、ダイドゥクルにいさんがおみまいにきてくれた。
このびょうき、あかちゃんのときにくらべたら、ずっとよくなったんだって。
だから心ぱいするな、お前も努りょくすれば立ぱなせんしになれるはずだって。
……なれるのかな…。
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今日はぼくの10才のたんじょうび。
お父さんもお母さんも死んじゃったからこの草原にきた日がぼくのゼロさい。らしい。
ぼくの名まえは、ウイキョウ=ブドゥガ。兄さんの名まえはダイドゥクル=ブドゥガ。
血はつながってなくても、みんな、ブドゥガで家族なんだって。
だから、みんなであつまって、きちょうなお肉や羊乳のスープでお祝いしてくれた。
「おまえもいっぱい食べてもっと強くなるんだぞ」って言って、いっぱい頭、なでられた。
でも、思ったんだ。
なでてくれた大人も、となりで笑ってる兄さんも、みんな…黒いうろこ、黒い角の…アウラ・ゼラだ。
それなのに、ぼくだけ角もうろこもまっ白で。
病気はもう、なおったみたいだけど、体もちいさくて全然弱い。
それでも家族なのかな?
……本当に、ここにいて。きちょうなお肉たべてて、いいのかな?
あれからずっと頭がもやもやして、なんだか眠れない日が多くなった。
弓のおけいこも全然はかどらないから、気晴らしにって、再会の市へのおつかいをいいつけられた。
ケガの薬を買いに行ったら、お店のところに白い角の人が見えて、思わず声をかけちゃった。
ねえ、もしかしてぼくと同じ種族?って。
その人はちょっとビックリした後におかしそうに笑ってちがう、と言った。
アウラじゃなくて、ヒューランの特別な人「ツノミコト」なんだって。
……よくみたら角の形も全ぜんちがうし、先っぽも少し黒いから、ぼくと同じなわけないじゃないか。
そう思ったらすごくはずかしくなって何も言えなくなった。
でもその人はバカにしたりしないで、自己紹介してくれた。
名前をア・トワ・カントって言って、色んな所を旅してるみたい。
しゃべりかたがおじいちゃんみたい!って言ったら。本当におじいちゃんだった。
もうすぐ200才になるんだって。すごい!
ア・トワさんは、ぼくのことを少し見て、「おぬし、ちゆのまほうにきょうみはあるか?」ってきいてきた。
ぼくが頷くとア・トワさんはにっこり笑って、分厚い本を貸してくれた。始めの何ページかを読んでみて、やりたいと思ったなら、またここへくるがよい、って。
……ここ何日か、日記のことすっかり忘れてしまってた。
だって、ア・トワさんの幻じゅつ教室があまりにも楽しかったから。
あの日、寝不足になりながら夢中で本を読んでもう一回ア・トワさんに会いに市に行った。
ア・トワさんはぼくを草原に連れ出して、風や土のエーテルと交感させて、いやしのじゅつのきほんを教えてくれた。
最初はむずかしそうと思ったけれど、やってみたらけっこう上手く出来たみたいで、ア・トワさんは一杯ほめてくれた。
最近はほめられたことなんてほとんど無かったから、ぼくもうれしくて、気づいたら毎日のように市へ出かけ、特訓をお願いした。
……でも、仮病を使って拠点を抜け出してること、そろそろバレはじめてる。
だから、とても悲しいけれど、そろそろ元の暮らしに戻らなきゃ。
そう伝えたら、ア・トワさんはぼくの頭をなでて、幻じゅつの教本と杖をプレゼントしてくれた。
そしてさようならをする前に、こう言い聞かせたんだ。
強さというのは肉体のきょうじんさや勇かんさだけではない。
むしろ腕力の強さばかり自まんして、誰かを傷つけることこそ、あってはならぬのじゃ。
おぬしにはきっと他の者には真似できない強さがある。いつかきっとそれをみとめる者も現れるじゃろう……。
ぼくには正直よく分からなかった。……だって、生まれてずっと、大きな体を作って、戦って勝つことが良いことで。目ひょうだって。そう教わってきたから。
でも、長生きして色々な場所を知ってるア・トワさんは確かにそう言っていた。
――もし、この一族の『良いこと』が草原の外ではそうじゃないとしたら?
今きたいされて、きびしくされているぼくは、一体、何のために……。
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今年も、終節の合戦が終わった。
僕はこの間12歳になって、ダイドゥクル兄さんはもうそろそろバルダム覇道の試練に挑戦する年頃だ。
だから兄さんは今年も合戦の様子を実際に見学しつつ、戦に必要な物資も最前線まで運ぶ役割を与えられていた。
……僕は相変わらず拠点での炊き出しや薬草、儀式の準備係だけど。
で、今回はオロニル族には及ばないものの、ブドゥガ族も結構な戦果を得られたみたい。
『戦利品』みたいな感じで結構な人数が新たに僕たちの家族に加わることになった。
悔しそうな顔をする人、憔悴し、落胆する人。どこかホッとした顔をする人…様々だ。
まぁでも、ひと月くらいしたら、大体馴染むんじゃないかな。
この話を外の人にすると野蛮だ、と言って顔を顰められることも多い。
…うん、きっと異常なんだろうなぁ。これ。
でも、この位人が増えれば一族も当分安泰だろう。丁度兄さん位の齢の人も揃ったみたいだし、戦力も申し分なさそうだ。
所在なさそうにする新たな『家族』たちに、兄さんがスープを持っていくのを横目に見て、僕は黙々と薬草の整理を続けた。
今日は弓の稽古、と少しだけ狩りの実践にも参加した。
幻術を応用して考えた技が上手く決まって、目標の獲物を仕留められて、大満足だ。
……大満足だったのに。
帰って剥いだ皮や骨を処理をしてたとき、僕の悪口が聞こえてきて気分は台無しだ。
「あのアウラ・レンの餓鬼は何だ。一矢射るのにすら魔法の力を借りるのか」
「ブドゥガ族は屈強な肉体を持つ者が集う月神ナーマの槍たる一族。その古株があのような軟弱者だとは」
「弓の鍛錬もろくにせず、癒し手の修業に料理、薬草集め…まるで女ではないか」
「実際、ダイドゥクル殿の『女』じゃないのか?だったらあのような贅沢品を買い与えられてんのも納得がいく」
……聞くに堪えず、僕は片付けもそこそこに、作業場を飛び出した。
誰の顔も見たくなくて、天幕に引きこもって……この日記を書いている。
確かに僕は皆と比べて力が弱い。だから矢の威力や射程を少しは伸ばそうと、風のエーテルを矢に乗せたんだ。今日の結果を見る限り、筋力だけで射たときよりも威力は上がってる位だから、敵や獲物を確実に仕留めることが出来る、はずなのに。
癒し手だって、誰かが傷ついた時に必要だと思うし、料理や薬草の加工だって、だれかがやらなきゃ、一族の生活が成り立たない。
贅沢品というのは、多分、幻術用の木杖や、錬金術の教本のことを言っているんだろう。
でも、杖はア・トワさんに貰ったものをずっと直して使っているし、教本だって、自分でなめした皮をコツコツと売って手に入れたものだ。……間違っても兄さんに強請って手に入れることなんて、しない。
ああもう!書いてたらますます腹立ってきた!
何も知らないくせに!! 魔法の何が悪いんだ!バーカ、バーカ!脳筋ヤロー!!
癒し手も薬草も嫌いなら、傷を負ったまま死………………苦しめばいいんだ!!
生肉そのまま食べて、お腹壊しちゃえばいいんだ!
……はぁ。日記帳があって、本当によかった。
僕の考えを言ったって、理解してもらえる筈がないから。
何より、こんな当たり散らすようなこと、言えない。そんなことしたら、もう本当に居場所を無くしてしまうだろうから。
だから僕はいつも通りこの日記帳を閉じて鍵をかけて。何も聞かなかったことにして過ごすんだ。
いつも通り。何でもない顔をして、ブドゥガの一員のふりをして……過ごすんだ。
今日、再会の市に買い出しに行ったら、オロニル族のエスゲンさんと行き会った。
エスゲンさんは僕と同じ、一族の料理係をしている人で、僕よりもずっとベテランだ。
部族こそ違うけれど、こうやって市場へ買い物に来たときに顔を合わせることも多くて、自然と世間話をする仲になっていた。
……彼は、多分僕以上に戦いが苦手で、一族内での地位はとても低い。
いつも他の兄弟達に馬鹿にされていて、料理係なのに、狩りの内容にさえも口を挟めないらしい。
最近も、一族の地位を決める格闘技の結果が散々だったことを、苦笑いしながら語ってくれた。
僕はなんだかとても悲しい気持ちになって、思わずこう言った。
「力が強い人だけが偉いなんて、おかしい。料理だって、傷の手当だって、家畜の世話や乳しぼりだって、大切なことなのに。美味しいご飯が作れるエスゲンさんが否定されるなんて、おかしい!」って。
……エスゲンさんはどこか困ったような顔をして、僕の頭を「ありがとう」と撫でただけだった。
きっと、この市場の中にはオロニル族の人も出歩いているから、下手なことは言えないんだろう。
――僕と、同じだ。
そう思ったらなんだか放っておけなくなって。今度、エスゲンさんを狩りと採集に誘うことにした。
他部族と関わりすぎることをエスゲンさんは心配してたけど、構うものか。
獲物は自分で選べるし、戦い方にケチを付けられる心配も無いし。…うん、久々に楽しい狩りが出来そう!
集合場所と時間を決めて、僕はわくわくしながら、拠点へと帰った。
………ダイドゥクル兄さんと喧嘩した。
エスゲンさんと何度も一緒に狩りに出ていたのを、誰かが見かけて、言いつけたらしい。
オロニル族とは協力関係にあるから、諜報だとかそういう話にはならないけれど、
程度をわきまえろ、ってさ。
いつかこうなるとは思ってたから、僕は正直にごめんなさい、と謝った。
今頃エスゲンさんも向こうで怒られてるかもしれない。……あとでお詫びしに行かなきゃ。
ここまでは喧嘩じゃなく、ただ叱られただけのこと。……問題はその後だった。
一緒に狩りに行った経緯を聞かれたので、僕は素直に、食料の調達をしたり、食材や料理の知識を分かち合うため、って打ち明けた。
兄さんは少し顔を顰めて何かを考えた後、とんでもないことを言い出した。
「今後、怪我の手当や家事の類は全て、怪我人や年寄りに任せる。お前は弓の鍛錬に集中しろ」って。
僕は全力で抗議したけど、兄さんは首を振るばかりだ。
「お前はこの部族の中ではもう古株だ。あと何年かすればバルダム覇道に挑戦し、一人前の戦士として認められなければならない。他のことにかまけている時間などないはずだ」
予想通りの小言が飛んできて、僕はぎゅっと唇を嚙み締めた。周りの大人にさんざ聞かされてきたことの繰り返しだ。……兄さんなら少しは分かってくれると思ったのに。
僕はついムキになって言葉を返した。じゃあ、もし戦いが上手くならなきゃ僕はもう用済みなの?って。
――兄さんは、「お前に一人前になって欲しいだけだ」とか言ってごまかす。
僕は「体も小さくて角も白い、軟弱な男はもういらないんでしょ?」って言ったら。
「いい加減にしろ!」って怒鳴られた。
角が震えて、尻尾が縮むのを感じた。でもここで黙るのは癪で。僕は思うがままに言葉を投げ返した。
「僕はどうせブドゥガのなりそこないだ!生きてても邪魔なだけ。さっさとその辺の魔物の餌にでもすればいいじゃないか。そうしたら食い扶持だって少しは」
言い終わる前に、ぐわん、と視界が反転し、床に叩きつけられた。
拳を握りしめる兄さんが視界に入って初めて、殴られたんだな、って分かった。
ぶれた視界が少しずつはっきりして……兄さんの今にも泣きだしそうな顔が目に映った。
……なんだよ。泣きたいのは僕の方だっていうのに。
でも、そこでストンと胸におちるものがあって。
僕はこれからのことをすべて、決意したんだ。