控えめオスラと花のうさぎ~過去編1(幼少期編)
ウイキョウの日記
どれだけの時間、走っていたのだろう。
ついに息が続かなくなり、岩にもたれかかって、空を見上げる。
気づけば、もう日は大分高い所まで登っていた。
今頃兄さんは試練に挑戦している最中だろう。
そして、試練を越えて、帰ってきたら、盛大な祝福を受けるんだ。
僕も全霊をかけてあの料理を手掛けたから、きっと喜んでくれるだろう。
上等で強めの乳酒を添えて。……少しだけ、安眠効果のある薬草も隠し味に入れておいたから。
きっと皆、気持ちよく食べて、飲んで、歌って、深く、深く眠るだろう。
気持ちよく眠って起きたなら、何の憂いも無い素晴らしい朝がやってくるんだ。
そこには出来損ないの白角の『弟』は、もういない。
純粋で、神聖なブドゥガの社会が戻ってくるんだ。
そう思ったら急に寂しさが胸の奥から込み上げてきて、視界が歪む。
――これでいい。これでいいんだ。
僕にとっても、あの人たちにとっても、きっとあるべき形では無かったのだから。
さようなら、皆。それに、僕の兄だった人。……どうか、あなた方の前途が輝かしいものでありますように。
瞑目して、目を開いて。向かう先を見つめると、長い長いけもの道が、地平の先へ伸びているのが見えた。
草原を出て、まずは東へ向かおうか。
東へ向かって、海を渡れば…どこかでア・トワさんと会えるだろうか。
僕にとって、本当の居場所が見つかるだろうか。
生きていてもいい、理由が見つかるだろうか……。
ああ、何も分からないのに。明日その辺で野垂れ死ぬかもしれないというのに。
なぜこんなに胸が高鳴るのだろう。
ひとしずく、ふたしずく、零れた涙を乱暴にぬぐい、立ち上がる。
この道の遥か遠い向こうから、何かに呼ばれているような気がして。
僕は熱に掻き立てられるまま、歩みだした。