控えめオスラと花のうさぎ~過去編1(幼少期編)

■■■■■の語り

……ウイキョウとダイドゥクル。2人の『兄弟喧嘩』は一族の大人や若者たちをざわつかせましたが、それもすぐに収まりました。
喧嘩の翌日、ウイキョウがダイドゥクルの前に跪き、深々と頭を下げて謝罪をしたのです。
「あんなこといってごめんなさい。兄さんの言う通り今日から心を入れ替えて修業に励みます」
「出来の悪い僕だけど、精一杯頑張ります。よろしくおねがいします」
跪いたまま顔を上げ、照れくさそうに笑う様子を見、周囲の大人たちは胸を撫でおろします。
ダイドゥクルも彼の様子にホッとしつつも、どこか胸に引っ掛かるものを感じていました。

しかし、彼の不安をよそに、ウイキョウは宣言通り、弓の鍛錬に心血を注ぐようになりました。
朝は誰よりも早く天幕を出て一人鍛錬に勤しみ、昼は他の若者と連れ立って狩りに出かけ、夜は遅い時間まで書物で戦いの知識を蓄えている様子。
ダイドゥクルも彼の努力家な一面をよく理解しておりましたから、それが正しい方向に向いたことをとても嬉しく思いました。
一方で、魔法を織り交ぜた戦い方だけはやめようとしなかったため、一族の中では眉を顰める者も多くいましたが、ダイドゥクルは敢えて指摘せず、見守り続けました。

――実は、彼個人としては、癒し手や魔法も戦力として積極的に取り入れるべきだと考えていたのです。
また、男のみで構成される一族を維持するためには、アウラ・ゼラを至上とする考えも変えていかなければならない、オロニル族とはいずれ正式な同盟関係を築き自由に交流すべきである、とも。
……もっとも、こういったことは、しかるべき身分を得てから主張すべきと思っていたため、実際に口にすることはありませんでしたが。

ともあれ、日々の努力の甲斐あってか、ウイキョウの戦いの腕はみるみる上達してゆきます。
大型の魔物に遭遇しても、怯まず的確に相手の急所を突き、仲間を支援する。
傷ついた者がいれば素早く治癒を施す――。
決して華々しいものではありませんでしたが、その実力も徐々に理解され始め、彼の将来を悲観視する声は無くなっていきました。

……そして月日は流れ。ダイドゥクルがバルダム覇道の試練を受ける日がやってきました。
この時既に時期の族長候補とされていた彼を一族は華々しく送り出し、試練を越えた後の豪勢な祝宴の準備まで整えていました。
ダイドゥクルは、他の若者の時とは比べ物にならないほどの歓待にやや辟易しつつ、ふと、見送りの列にウイキョウの姿が無いことが気にかかり、集落内を探し回ります。
そして調理場に彼の姿を見つけ、声をかけると、彼は少し目を丸くした後、バツが悪そうに頭を掻きました。

「ごめん、約束破って。でも…今日は大切な日だから、兄さんに美味しいもの作りたかったんだ」
 申し訳なさそうに目を伏せるウイキョウの頭をダイドゥクルは優しく撫でます。
いつの間にかすっかり背も伸び、しなやかな筋肉も付き始めている弟。
以前のように鍛錬から逃げるために料理をしている訳ではないのは明白です。
きっと試練を越えてくる。だから期待して待っていてくれ。そう告げると、ウイキョウは、穏やかに微笑み、頷き、彼を見送りました。

――そして、それが兄弟の最後の会話となりました。

試練を越え、盛大な宴会が執り行われ、皆、騒ぎ疲れて倒れるように眠って迎えた朝。
彼の姿はどこにもありませんでした。
愛読していた本も、愛用の武器や装備も、大事に貯めていた金品も、日記帳も…
すっかり天幕から持ち去られていたのです。

そこでダイドゥクルは全てを悟りました。
あの日喧嘩をしたとき、ウイキョウは既にここを去る決意をしていたのだと。
一族のためではなく、草原の向こうへ一人旅立つため、日々腕を磨いていたのだと。
…あの料理は、最後の別れと激励の心を示すものであったのだと。

一族の者たちが未だ饗宴の余韻に浸る中、彼はただ、呆然と空を見上げるしかありませんでした。