控えめオスラと花のうさぎ~新生編1
ミルラの回想
シルフ族の一件が収束して帰還すると、ウイキョーはボクに、本部へ戻って荷物や書物の整理をするよう言いつけた。――今思えば、ザナラーン地方やアラミゴ難民の生々しい生活事情を目の当たりにしないよう、ボクへ配慮したのだろう。
けれど、この時のボクは当然そんな深いことまで思い至らず、幾ばくかの寂しさを堪えながら笑顔で送り出したのだった。
シルフ族のノラクシアが暁の血盟へ加入したため、事務兼教育係のタタルはまた、忙しく走り回っている。
ボクはウイキョーから預かった錬金素材を整理して、ミニマムの魔法が掛けられた道具袋に詰め込み、グリダニアの冒険者居住地・ラベンダーベッドへと向かった。居住地奥の集合住宅・リリーヒルズの指定の部屋の鍵を開け、埃っぽい空気を感じながら足を踏み入れる。――ここがウイキョーの私室。自宅に当たるらしい。
初めてグリダニアへ来て数年はカーラインカフェで寝泊まりしていたけど、彼の荷頃の功績が認められ、顔役の人たちの伝手で1年前からこの部屋を借りて住まうようになったらしい。
でも普段は家を空けていることも多く、とくに暁の血盟に入ってからは忙しすぎて余り帰れてないんだとか。
腐った食べ物やゴミは無いものの、大量の書物や衣類が乱雑に置かれ、少し埃も被っているようだ。
ボクはヨシ!と拳を握りしめると、お気に入りのメイド服に着替える。
箒よし、バケツよし、雑巾よし!!タタルに叩きこまれたことを復唱しながら道具の確認を行い、ボクは全速力で掃除に取り掛かったのであった。
掃除と片付けが終わり、気づけばすっかり日も落ちていたので、泊まっていくことにした。
カーラインカフェで食事を済ませたボクは片付いた部屋に戻り、ウイキョーの本棚を眺める。
ボクの故郷と違って、ここは紙とインクを使った記録媒体が中心で、それがいっそう新鮮に感じた。
毎日のように綴っている彼の日記の中身が気になっていたけど、残念ながらどれも錠や術式による鍵が掛けられていて読むことは出来なかった。一度魔法で鍵を壊そうとしたら、タタルに烈火のごとく叱られたんだっけ……。
鍵のない蔵書であれば好きに読んでいいとウイキョーが言っていたので、ボクは何となく手の届く場所にあった本へ手を伸ばした。どうやら、幻術に関する本みたいだけど、一体何年前のものなんだろう。手垢や土汚れのようなものが所々についていて、湿気で膨らんだような跡もある。
パラパラと捲れば幻術の成り立ちやエーテルの交感、操作方法に関する基本的な記述が沢山目に入る。
知識は勿論のこと、結構な修業も必要みたいだ。
そして、何故かそれと一緒に死者への『祈り』の作法や使用する花のことが描かれていて、ボクは首を傾げた。癒し手の仕事はヒトを癒すこと。なのに、なぜ役割を終えて星海へ去ったヒトにそのようなことをする必要があるんだろう?
どこかに解説が載っているのかなぁ、と何度もページを捲ってみたけど、何も見つからない。
……まぁいいか。今度ウイキョーに訊いてみよう。そう結論付け、ベッドに横になる。
サッパリとした香水と彼の匂いに包み込まれ、ボクは思いを馳せた。
トトラクの千獄の思いがけず現れた天使い『アシエン・ラハブレア』。彼がどのような存在なのかは『あの方』から聴いてよく知っている。――もっとも、魔法の影響でこの時は一切口に出来なかったけど。
何故ボクがこのエオルゼアの地へ向かうように言われたのか、やっと理解した。かの人が本気で力を振るえば、この時代のヒトはなすすべもなく負けてしまうってことも……。
実際目の前で見ると、余りの強大さに声も出なくて、ウイキョーの後ろで震えていることしか出来なかった。
いずれ彼はラハブレアと戦わなければいけないのだろう。
だったら、ボクは何が出来るだろう?後方支援が得意な彼を助ける方法――
その瞬間とてもシンプルな答えが頭の中に浮かんだ。何だ、簡単じゃないか!どうして今まで思いつかなかったんだろう。
ボクはうんうん、と満足げに頷き明日の予定を決めると、ぐっすりと眠りについたのであった。
「……で、そのまま連絡も寄越さず、ウルダハの剣術士ギルドでたむろってた……ってコトでっすね」
「そうだよ~。あっ木人ここに置いていい?」
「いや、そこは人通りがあるので建物裏に……ってそうじゃなくて!!」
もう……と頭を抱えるタタルに首を傾げていると、その後ろから、シルフ族のノラクシアがふわふわと飛んで来た。
「ミルラ、剣で戦うでふっち?」
ボクがうん!と頷くと、ノラクシアは目をキラキラさせてボクを見つめた。
「なら、ササっと習得するでふっち。この砂の家の中はタイクツ過ぎるでふっち。守り手がいればわたぴも安心して冒険できるでふっち!」
その言葉にボクはもちろん!と笑顔で返事をした。そして同時に気づいた。戦う力があれば行けるところも増える、誰かを守り、広い世界を旅することだって出来るってことを!
気持ちが高ぶったボクは、調子に乗って裏庭で剣術を披露しようとしたものの、メイド服の裾を踏んで派手に転ぶ羽目になってしまった。……ギルドで、『動きやすい服装をするように』と言われたのはこのためだったのか……とボクは口の中に入った砂をションボリと吐き出す。
その夜、タタルさんは渋い顔をして服を修理しながら『ミラージュプリズム』という投影アイテムをいくつかくれて、使い方を教えてくれたのだった。
こうしてボクは、剣術士ギルドで剣を学びつつ、『暁』の冒険者の皆にも、代わる代わる稽古をつけて貰いながら、剣と盾を徐々に手に馴染ませていった。
そんな折、蛮神タイタンの討伐へ向かっていたウイキョーが経過報告のために砂の家を訪れた。
言う所によると、討伐に関する情報を渡す代わりに『エオルゼア三大珍味』と呼ばれる食材と最高のワインを見つけるよう言われたのだとか。
面白そう!と目を輝かせると、ウイキョーは少し苦笑しつつも「一緒に行きますか?」と誘ってくれた。ボクはやった!っとガッツポーズをすると、道具袋を持ち、守り手用の武器防具を纏い、そしてタタルが新調してくれた私服を投影した。
宝石好きの魔物・スプリガンをモチーフにした可愛い服だ。ヒラヒラスカートではないけれど、むしろこの方が旅先で不審がられないんだって。
ウイキョーは既に二つの食材は確保していて、残りは目が覚めるような香りのゴブリンチーズと最高のワインの二つ。
ブレイフロクスにチーズ譲渡の条件として彼女の野営地をドラゴン族から奪還するよう要請され、ボクは初めての実践の場へ飛び込むこととなった。
魔物ひしめく密林の中は、木人や手合わせとはまるで違っていて、道を先導しながら魔物に警戒するのは中々に難しい仕事だった。敵の目を引き付ける術を纏うのを忘れてしまったり、敵のブレスを真正面から被りそうになって、ウイキョーに間一髪救出されたり。綺麗な花や鳥に目を取られて、来た道を逆走してしまったり……今思えば散々な守り手であったと思う。けれど、同行した『暁』のメンバーはハラハラしながらもボクを見守り、フォローしてくれた。ウイキョーは事あることに「痛みはありませんか」「進めそうですか」と心配し、白魔法でボクの傷を即座に癒してくれたのだ。
無事野営地を取り戻し(強烈な香りの)ゴブリンチーズを届ければ、次は最後の『最高のワイン』を探す作業だ。ワインポートの盲目のララフェル族・シャマニ・ローマニさんを訪ね、届け物を依頼されたボク達はレインキャッチャー樹林へと足を延ばした。
木々に埋もれかけた古い小屋の扉をノックすると、ぼろぼろの服を纏った男の人が顔を出す。
ボクが「こんにちは!」と挨拶しても虚ろな目でこちらを見つめるだけ。戸惑うボクを静止し、ウイキョーは落ち着いた声で端的に目的を伝えた。それで届け物のワインも受け取って貰え、一段落…と思いきや。
突然、男の人が大声を出してのたうち回り始めた。
驚きと共に、何か恐ろしいものが頭の中を駆け巡るような感触に、ボクは体をこわばらせる。ウイキョーはそんなボクを見かねてか、外で待っているよう言いつけた。
外階段の下で待つ間も、叫び声が響き、不穏な『感覚』が駆け抜けるが、暫くするとそれも収まり、ウイキョーが外へ出てきた。あの男の人は鎮静の術で落ち着いてくれたらしい。
「あんなに大きな声を出して……酷い怪我でも負っているのかなぁ」
「そうですね。恐らくですがあれは『心の病』でしょう」
「ココロの病気……?」
ボクが首を傾げると、ウイキョーは短く頷く。
「長いこと、過酷な戦いに身を置いていると、心が壊れてしまうことがあるのです。ちょっとした出来事に過敏になって、過剰に怒りや悲しみを振りかざしてしまう。ある意味、大きな怪我よりも治すことが難しいかもしれません」
「戦って……壊れちゃうの……?」
彼の説明を聞いたボクは、いまいちピンとこなかった。だって、ブレイフロクスの野営地での戦いと冒険は、とても楽しくて充実した出来事だったから。
魔物が向かってくるのは怖かったし、掠った爪も結構痛かった。ヒトとは違うけど、命あるものを殺めてしまうのは、チョット辛い気持ちもあった。
けれど、傷はすぐに治して痛みも取れたし、仕留めた魔物の一部はウイキョー達がお肉や毛皮にして、ちゃんと価値あるものとして扱っている。だから、――先ほど感じた真っ黒な何かで心が埋め尽くされるような物事に結び付くとは、到底思えなかったんだ。
そのことを、たどたどしい語彙で伝えると、ウイキョーは少し考え込んだあと、微笑み、ボクの頭をそっと撫でた。
「人の心というものはとても曖昧で、一朝一夕には理解が及ばないもの。だからどうか無理はせず。少しずつ知っていきましょうね」
そう言って、今さっき一緒に討伐した羽虫の死骸に祈りを捧げ、歩き出した。
その後、届け物のお礼の品を確保する道のりで、幻と言われるワインの枝を見つけ、高名な料理人にも認められたボクたちは、無事目的のワインを手に入れ、コスタ・デル・ソルで待つ依頼人さんの所へすべての珍味を届けることが出来た。
そしたら、ビックリ!エオルゼア3大珍味を使ったご馳走で出迎えられるのはウイキョー自身だったんだ!
珍味を探す過程で助けてくれた人たちが、実は蛮神タイタン討伐の先輩たちで、冒険者としての実力を試すために、珍味を集めさせたんだって。
非常時に回りくどいことを、と渋い顔をするヤ・シュトラを、ウイキョーは、まぁまぁ、と宥める。こうして、『超える力』を持つ暁の選抜メンバーやボクも加えて、盛大な決起の宴が開かれた。
ここに来るまで、ボクはニンジン以外の料理を色々食べてきたけど、ここでの料理は味わったことのない程の美味しさだった。あの、物凄い臭いのチーズもちゃんと使われたって言うから本当にすごい。
ブレイフロクスが「せっかくゴブ!どんどん行くゴブ!」とボクのグラスにワインを並々と濯ぐ。口を付ければ、とてもいい香りと複雑だけど柔らかい味が口の中に広がり、ゴクゴクと飲み干してしまった。
おお~!という歓声と手を叩く音が響き、何だかふわふわした心地だ。
……ここからは少し記憶が曖昧なんだけど、上機嫌になったルガディンやミコッテのおじさんたちが、辛いけど楽しかった戦いの事を話してくれたり、暁の冒険者さんたちが、ボクの剣の鍛錬を応援してくれたり。とにかく色々な人とお話した。
この間、ウイキョーは『戦いがヒトを壊してしまうことがある』と言っていたけど、このヒトたちはどうなんだろう。ふと疑問に思ったボクは、目を瞑り、胸の内に意識を集中させる。そして手をかざして、一輪の花の幻影を呼び出した。
「なんだ、新手の手品か?」
「うん!ボクのとっておき~!ヒトの心の色が見えるんらよ~~」
ボクがろれつが回らないまま説明してると、『花』はパッと色を変えた。明るい、鮮明なオレンジ色だった。
「ふわぁ。すごい!大変な戦いらのに、みんな、と~ってもワクワク、嬉しい!明るい気持ち!!」
感激するボクを見て、皆も、嬉しそうに頷く。――ああ、よかった。このヒトたちは、あの小屋のヒトみたいに壊れたりしない。仲間と一緒に幸せにご飯を食べていられるんだ!
そう実感したら、ますます楽しい気分になって、ボクはフンフフーン!を鼻歌交じりに椅子の上に立ち、踊り始めた。途中、お気に入りのメイド服を投影するとヒュー!と歓声、手拍子が始まる。そのうち踊り子のミコッテさんたちに誘われて皆で踊ってたら、どこからかララフェルのおじさんがやってきて、ボクの足元にぴったりくっつく様にして踊りだす。
ウイキョーもすぐにやってきたので、ボクと同じメイド服を投影したら、周りからどっと歓声が上がり、明るいココロの気配を感じた。
ああ、―――――様、やっぱりヒトは素敵だね!ボク、がんばるよ!
そんなふうに心の中で呼びかけながら、ひとときの幸せな夜が更けていった。