控えめオスラと花のうさぎ~新生編2
ウイキョウの日記
翌日、目が覚めた時には、すっかり日が高くなっていてウイキョーの姿は無かった。
神父さんが言うには、砂の家の皆の『遺体』を運び出す作業に出かけたのだとか。
最初、何だかピンとこなかったけど、どうやら、星に還ったヒトは物質界に肉体が残り、そのままだと動物や魔物の死骸と同じように腐敗して病気の元になってしまうらしい。
ともかく食事をしましょう、と神父さんに促され、シンプルな麦のお粥をいただく。
埃っぽい聖堂の片隅に座り、もぐもぐと口を動かしていると「隣、いいか」と声を掛けられた。
見上げれば、古びた外套に身を包んだヒューラン族風の男の人…マルケズさんがいる。ボクがいいよー、と返事をすると、その人は失礼、と言って隣に腰かけた。
「――その……なんだ。大丈夫か?」
しばらく口ごもった後に発せられた問いを理解出来ず、ボクは首を傾げる。すると彼はまた少し悩みながらも意図を嚙み砕いて伝えてくれた。どうやら、心の調子は大丈夫か、落ち込んでいないか、と言いたかったらしい。
「相当な犠牲者を出したと聞いてな。気がおかしくなっても仕方がない状況だ」
「そうなの?」
「そりゃあそうだ。大切な人が、居場所がこの世から無くなれば、誰だってそうなる」
「……そうなんだ……」
残りのお粥をお腹に収め、空になった器を見つめる。
昨日、星に還った暁のみんなを祝福しようといったら、ウイキョーは信じられないような表情でボクを見つめていた。沢山の視線と、ひそひそと話す声。そして苦く冷たい『心』の気配を感じてもいた。だからきっと、ボクの考え方はみんなと大きく違っていて受け入れがたいものなんだろう。
でも、何故そうなるのか、ちっとも分からなかった。
「マルケズさんも、大事なヒトが星に還って悲しかったの?」
「俺か?………俺は………」
彼は暫くの間頭を抱えるようなしぐさをし、首をふった。
「――すまない。その辺りの記憶も殆ど残ってなくてな……だが、とてつもない無力感と悲しみを感じて、ずっと胸の底に沈んでいることだけは分かる」
どこか独り言のように宙を見つめ、瞳を閉じる。昨日視線を向けてきた人たちとはまた違う、深く、重い気配が感じ取れた。
ボクは、よし、と頷き立ち上がる。
「マルケズさん、ウイキョーが持ち帰った『イタイ』ってどうすればいいの?」
「どうって、そりゃあ埋葬…土に埋めて墓石を添える作業になるだろう」
「じゃあボク、そのお手伝いする!そうすれば何かが分かるかもしれない!」
そうと決まれば準備だ!そう言って、ボクは呆気にとられる彼を尻目に食器を片付け、作業の内容を神父さんに聴きに行ったのだった。
遺体を乗せたチョコボキャリッジは数時間後に到着した。ずだ袋に納められた遺体は、既に何日か経っていたらしく、血液が漏れて布が染まっているものも多く、腐った肉の臭いが、羽虫の音とともに辺りに重く漂っていた。
強烈な光景に思わず立ち竦むボクを見たウイキョーは、その場を離れ、墓地の埋葬準備を手伝うよう言いつけた。照り付ける日差しの元、汗を流しながら1時間ほど作業をするが、やはりピンとこない。ここに残っているのは、変わり果てた肉体だけで、魂はとっくに星海に還り、命の巡りに合流しているはず。なのに、なぜここまでの手間と心をかけるのか。
何度考えても分からない。そのことに焦りを感じながらも自分の作業を終え、報告に教会前へと戻る。すると、そこには一段と小さい遺体が安置されていた。
血の臭いがしないのを不思議に思い布を取り払い、ボクは言葉を失った。
――そこに居たのは変わり果てた姿のノラクシアだった。
あの日、砂の家を出るとき、早く剣術を磨いて旅に連れて行って欲しいと、エオルゼアをもっと見てみたいのだと、ノラクシアは強く願っていた。
なのに……なぜ、還ってしまったのだろう。しかもこんな、痛々しい傷を負ってまで。
胸の奥に深い悲しみの心が湧き上がる。ああ、何だか手掛かりが見えた気がする。もう少し、せめてこの子の、皆の記憶が、気持ちが分かれば…!!強く念ずると、ボクの内から白い光が湧き上がり、一輪の花を形作る。
それに呼応するように、白いクリスタルが目の前に現れて花と融合し、いっそう強い輝きを放った。
――その瞬間、突如強い眩暈に襲われ、眩しい光が一帯を覆った。
硝煙と鮮血の臭い。ひとびとのうめき声。
重い瞼を開くも、視界は焦点すら定まらない。
連れ去られるミンフィリアへ小さな手を伸ばそうとしたら、全身が軋み、痛み、倒れ伏す。
浅い呼吸を繰り返しながら自分の手を見つめると、そこにはシルフ族の小さな掌が映った。
……これは……まさか、ノラクシアの。
そう思い至った時、内側から、声が響く。
『痛い。痛い。体が動かない。エーテルが巡らない。』
目の前にシルフ族の血液が床の筋を伝って広がり、視界はどんどん暗くなってゆく。
『かなしい。くやしい。ミンフィ……ア。大切……みんな。守れなかった……ふっち。ミルラ……一緒にエオルゼアを冒険……たかったのに。飛べない。――もうどこに……行……ないでふっ……ち』
意識が、冷たい水底へ引き摺り込まれる。
いつしかその視点はノラクシアに留まらず、その場に居たあらゆるヒトの光景を再現し始めた。
出会い頭に銃を乱射され、応戦する間もなく倒れ伏すヒト、異変をいち早く感じ取り、仲間を外へ逃がすヒト。帝国軍に拘束された仲間を助け出そうと、血を流しながら武器を構えた瞬間、顔に無数の銃弾を撃ち込まれて絶命したヒト。
目的を終え、撤収を始めた帝国軍を見て、命だけは助かったと思った瞬間、見せしめとばかりに腹をめった刺しにされ、苦しみのまま命を終えたヒト。
『ああ、どうしてこんなことに。あの冒険者に憧れて頑張ったのに、こんな所で』
『自分の才を生かしたかった。貧しくて不遇な境遇でも受け入れてくれた』
『帝国や蛮神の影に怯えるこのエオルゼアを一緒に変えていきたかった』
『――なのに。自分たちの命は、人生はここで終わる』
痛い。苦しい。寒い。暗い。許さない。悔しい。怖い――
濁流のような悲嘆に、怨嗟に、絶望に飲み込まれ、押し流され、沈められる。
身体が重い。呼吸が出来ない。くるしい。こわい。ああ、たすけて。誰か――!!
泥のような感情の沼で藻掻いていた、そのとき。
「ミルラッ!!」
聞きなれた声が響き、一筋の光が差し込む。
その光へ手を伸ばすと、その人は、ボクの手を強く握り、水面へと引っ張り上げた――。