控えめオスラと花のうさぎ~新生編2

ウイキョウの日記


「ミルラ!!しっかりなさい!!」
 肩を叩き、声を張り続ける。すると、私の声が届いたのか、ミルラの視線がようやく私へ向いた。浅い呼吸のまま、掠れた声で私の名前を呼び、私は深く安堵する。――ああ、よかった。ようやくこちらへ戻ってきてくれた。
「ウイ、キョー……?」
「ゆっくりと深呼吸を。――大丈夫。ここには、何の危険もありません」
 恐る恐る体を起こし、言われたとおりに息を整え始めるミルラを、私は黙って手を取り、支える。

 

――私が異変に気付いたのは、遺体の半数ほどを埋葬し終えた時だった。
突如、『超える力』による過去視に近い現象が起こったのである。
現れたのは、一度視た砂の家の悲劇の光景。しかし、現地で視た時よりも幾分不鮮明で視野も狭い。
どういうことか。痛む頭を抱えて思案していると、突如、ミルラの呻き声が聞こえた。

私はとっさにその場を立ち、教会の建物へと駆け付ける。――そして、真っ黒に染まった花弁状のクリスタルと、苦しそうに蹲るミルラの姿を見つけたのだ。

彼の意識が戻り、徐々に呼吸が整うにつれて、花のクリスタルは徐々に漆黒から灰色へと色が変わってゆく。やがて、淡い輝きを放つ一輪の花と、白いクリスタルへと分離し、薄灰色の花は彼の身体へと吸収されるように消滅した。
「ミルラ……その花はもしや、コスタ・デル・ソルの宴の……」
 私の問いに、ミルラは小さく頷いた。
「これは、ボク……の、能力。ヒトのココロを感じることができる……特別な力。明るいココロは明るい色。悲しい、つらい気持ちは……暗い色に変わるんだ」
 彼の説明を受けて私は思い返す。確か、前回、彼が花を披露したのはタイタン討伐を祈願した賑やかな宴席の場。彼がお酒の力も借りていつも以上にはしゃぎ、傍らにあった花も明るい橙色であった筈。……一方で今目にしたそれは、真っ黒な色へと染まっていた。


「ボク、ヒトの死を知りたかった」
「――死を?」
 ミルラは、ゆっくりと頷く。酷い過呼吸も徐々に落ち着いたらしく、ポツリポツリと真意を語り始める。
「ボク達の故郷は、世に暮らす沢山のヒトへの知識があまり無くて。死は……星に還るということは、そのヒトが使命を終えて、満たされて。役割を終えた時に自分で選べるものだって。そう思ってた。……でも、本当は全然違ってたんだね」
「……ミルラ……」
「怖かった。星に還るのは良いことだって思ってたけど、それを言ったらウイキョーもみんなも……すごく、怒ったり悲しんだりしてるのが伝わってきて。何かボクが大きな間違いをしてるんじゃないかなって。だから、『正しい』答えを見つけたかった。でも……」

自力でいくら考えても答えが見つからず、そんな時、偶然安置されていたノラクシアの遺体を見つけ、衝撃を受けたらしい。つい数日前に未来の展望を語ったはずなのに、自ら終わりを願うはずがない、何か事情があるはずだ、と。
 だから、ミルラは強く願った。ノラクシアを始め、今回命を落とした暁の血盟員がどのようなことを想っていたのか、その身をもって『知りたい』と。
 そしてその想いに応えるように、元々持っていた『花』とは別に光のクリスタルが現れ、直後に砂の家の悲劇の追体験をすることとなったようだ。
――先ほど、私の側で起こった不鮮明な過去視は、彼の能力に共鳴して発動したものだろう。


「たくさんの痛みが、暗い感情があった。もっと生きたいのに、そんなのお構いなしに沢山の命が奪われて……自分で選べたヒトなんて、1人もいなかった」
「……ええ、そうだったでしょう」
 あれは、私ですら吐き気を覚える程の凄惨な光景であり、しかも、ミルラの場合は共感能力によって当人たちの想いまで受け止めたというのだから、想像を絶する苦痛だったに違いない。

――彼は、確かに無知だ。
 けれど、一度その事実を認識したのなら、『知ろう』と、成長しようと全力で努力できる……努力してしまう子でもあるのだ。

時には、自らの心身すら、厭わない程に。


「あなたのことがようやく分かってきました。――ミルラは、人の命に正面から向き合える、優しい子ですね」
「ウイキョー……」
「ですが、ヒトの感情、心というのは云わば劇薬。直接感知すれば貴方の心も引きずられ、囚われてしまう危険があります」
 そう言い含め、私は、彼を包み込むようにしてエーテルによる結界を形成した。『共感の力』は話を聞く限り、どうやら平常時から緩やかに発動しているようだ。死者の弔いの場であるこの教会周辺には、恐らく負の感情も充満している。気休めにしかならないかもしれないが、少しでも彼の負担を減らしたいと思った故の行動だった。

「敢えて禁じることはいたしませんが、当分は能力の使用を控えるべきでしょう。――私も、気が回らず、すみませんでした」
 彼に肩を貸し、部屋のベッドへ連れ、横たえる。埋葬作業の心配をするミルラを、休むことも仕事です、と説き伏せて弱い睡眠魔法で寝かしつけた。
 眠りについた彼は先ほどのようにうなされる様子もなく、穏やかな寝息を立て始める。念のため、今晩は一緒に休んだ方がよいだろう。……そう思案しながら、彼の服を緩めて布団をかけてから、炎天下の作業の場へ戻った。

日が暮れるまで作業を続け、翌朝。硬い寝具から起き上がれば、傍らでミルラがスヤスヤと眠っていた。どうやら、あの後も悪夢を見ることなく安眠できたようだ。
 彼を起こさないよう、そっと立ち上がり、私は厨房へ向かう。滞在者用に用意されたパンと飲み水を2人分盆に乗せて部屋に戻る途中、マルケズ殿と行き会い、挨拶を交わした。どうやら、体調を崩したミルラを心配して下さっていたようだ。 快方に向かっていることを告げると、彼はホッと胸を撫でおろす。
 そして、話は変わるが、と前置いた上で、どうも昨日の日中から、妙な視線を感じているという。最初は大掛かりな埋葬作業に野次馬でも湧いたかと思ったが、今日の朝の見回りの時も、どこか監視されているような気配を感じた、と声を潜めながら伝えてきた。
――砂の家での出来事を思えば、これは放置してよい話では無さそうだ。 そう感じた私は、彼にミルラへ朝食を渡すよう頼み、弓矢を手に外へ出た。そして『敢えて』武器を背中に収めたまま、大きく伸びをして、欠伸をして見せる。
 瞬間。視界の端で銃口がギラリと光るのが見え、私はすかさず体を捻る。胸元を弾丸が掠めたのを感じながら素早く弓を構え、再装填の音が聞こえる藪へ向かって一矢放つ。
するとうめき声と共に、帝国軍装の男が一人、銃を取り落として転がり出てきた。
「ひ、怯むな!殺せッ!!」
 声と共に、後方から2名ほど帝国兵が飛び出して来た。武器は槍と片手剣。わざわざ得物の届かぬ距離から仕掛けてくるとは。私は、より強く弓を引き、大柄な剣士の首へ狙いを定め、射る。
狙いは外れず、男は真っ赤な血しぶきを上げて倒れ伏す。その有様に怯み足を止めた槍術士は最早『的』でしかない。私の3射目の矢が心臓を貫き、彼もまた、重なるように血だまりへと沈んでいった。
 敵の気配が消えたことを確認してから武器を収め、倒れた帝国兵を検分する。――当然のことだが、3人ともほぼ即死だ。軽く祈りを捧げてから、彼らの荷物を物色していると、手帳らしきものが見つかった。最新のページには昨日の私達やマルケズ殿の動向が事細かに示されている。やはり、彼らは帝国軍の密偵だったのだろう。

――その時。視線を感じて振り向けば、身を強張らせたミルラの姿があった。
彼は、恐々とこちらへ近づき、帝国兵の亡骸を見下ろす。
「ココロの気配が無い、肉体だけだ。これ、もしかして……」
「ええ、もう息絶えています。――私が殺めました。彼らは私たちを襲った帝国軍であり、人間です」
 淡々と告げた私に、ミルラは「そっか」と俯く。
「このヒトたちも、砂の家のみんなと同じ、痛い思い、したのかな」
「極力、苦しませないよう急所を貫きはしましたが……それでも痛みや絶望に暮れて命を終えたでしょうね」

軽蔑しますか、と尋ねると、ミルラは静かにかぶりを振る。
「そこの石壁の銃弾。ウイキョーの脳神経を狙って放たれたんだよね。だからウイキョーは、自分やここの皆の命を守るため、このヒトたちの命を終わらせた……そうするしかなかったんじゃない?」
  悲しそうに眉をひそめながらも、彼は驚くほど冷静で的確意見を述べ、私は深く頷く。


「――暴力は、何よりも早く結論を叩き出します。住む場所や食糧の取り合いになった場合。主義主張が噛み合わない場合。相手に痛みを与えて、或いは殺めることで黙らせる…最も原始的で効率のよい方法と言えるでしょう」
 騒ぎを聞きつけて駆け付けたマルケズ殿とイリュド神父に頼み、ウルダハの不滅隊に連絡をつけて頂いている間、私は帝国兵の亡骸に古布を掛けながら語る。
「一方で、そうして出された結論は、人々の心に大きな傷を残し、それはやがて人々へ伝播して民族や国家レベルで憎み、殺しあうことに繋がります」
「――文献や、この間の演説で言われていた『戦争』って、そういう『殺し合い』の連鎖……なんだね」
 眉をひそめながらつぶやくミルラに、私は深く頷いた。
「無論、このようなことを続けていても、何の益もありません。戦う力がない者の生活は脅かされ、貴重な文化も技術も失われる。忌むべきものです。だからこそ、我々暁の血盟は、そんな世の中を正しい方向へ導くべく活動を続けてきました」

――ただし。そう言葉を繋ぎながら、私は何時ものように手元の矢の残数を確認する。
「当の私は、敵対して刃を向ける”蛮族”や帝国に対して、同じく刃で応戦し、威を示し、恐怖をもって暴力をやめさせる……そんなある意味矛盾した立場にある者です。今回の砂の家の惨劇もまた、そういった応酬のうちに起こったもの」
「ウイキョー……」
 何か言いたげにこちらを見つめ、しかし言葉が見つからず口をつぐむミルラを見下ろし、私はできる限り優しく微笑んで見せた。
「あなたが世界や人について学ぼうとする意志は、間違いなく本物でしょう。けれど……そのためには、私を取り巻く状況は余りにも荒々しい。より、安全な所へ身を置くのもひとつの選択肢ですよ」

ミルラは俯き、すっかり黙り込んでしまった。ずっと私を追いかけて来たという彼にとって、酷な選択肢であろう。けれど。この厳しい世界に晒されて、心を曇らせて欲しくない、とも思う。
 ――答えが出ないまま、私たちは、駆け付けた不滅隊に回収される、敵国兵の亡骸を見送った。