控えめオスラと花のうさぎ~新生編2
ミルラの回想
翌日、ボク達は、ノラクシアの遺体を抱えてシルフの借宿へ向かった。借宿のシルフ達事実を伝えて、ノラクシア自身を『故郷へ帰す』ためだと、ウイキョーは言った。
突如仲間の死を告げられたシルフ達は悲しみ、帝国への怒りを露にした。
ウイキョーは、帝国軍の狙いは自分の身柄であったことを打ち明け、巻き込んでしまったことを深く謝っていたけれど、長老のフリクシオは優しく首を振った。暁加入を勧めたのは自分であり、冒険者殿の責任では無い、と。
帝国と戦うなら力を貸すし、また遊びに来て欲しい、そう微笑んで踵を返し、ノラクシアの亡骸を持ち上げようとしたとき、ボクは咄嗟に「あの!」と声を上げた。
「ボク……ボク、も。ノラクシアに謝らなくちゃ」
「ふぇ?どうしてミルラが謝るでふっち?」
首を傾げるコムシオにボクはおずおずと語った。
「約束してたんだ。いつかボクが強くなったら一緒に外の世界を冒険しようって。けれど、結局叶えてあげられなかった。――そしたら、ノラクシアの嘆きが聴こえた。命が消える恐怖と、二度と冒険出来ない悲しみの声が……」
ボクの要領を得ない説明に困惑するシルフ達だったが、ウイキョウが簡単に状況を補足してくれたことでどうにか意図が伝わったらしく、フリクシオは静かに続きを促した。
「ボクがノラクシアと約束しなければ、あんな後悔も無かったと思う。死はあんなにも苦しいものなのに、余計な苦痛、与えちゃった……だから、ごめんなさい」
さっきのウイキョウを真似て深く、頭を下げる。すると、フリクシオとコムシオはどうしてか、突然涙をにじませた。
「ああ、お前さんは…ノラクシアと本当におトモダチになってくれたでぶっちね。その言葉で、ワチシ達もノラクシアも、報われたでぶっち……」
さめざめと涙を溢す長を支えながら、コムシオは
「謝るなんてとんでもないでふっち。ミルラ、ありがとうでふっち。ありがとうでふっち。」
そう微笑み、シルフ族達は遺体が包まれたおくるみを抱え、ボクたちを見送ったのだった。
帰り道、キャリッジに揺られながら、借宿での出来事を思い返す。
悲しい思いをさせたのは、確かにボクの方なのに、シルフ達には強く感謝されてしまった。
それは人の死を祝って顰蹙を買った時とは全くあべこべで。
この世界にはまだまだ知らない考えが、想いがあるんだって、痛感させられたのだった。
けれど……もうただ腐り果てるだけの肉体を、労力をかけて埋葬するのも、
死を迎えてしまった仲間が、ひととき抱いた望みを知って、涙を流すのも、
――幻術の教本に死者を弔う作法に多大なページが割かれていたことも。
きっと、何か意味があるに違いないと。いつの間にかそう『感じる』ようになっていた。
協会に帰ると、アルフィノさまがボク達を出迎え、蛮神ガルーダが召喚されたことを告げた。
そして、ボク達の面倒をみてくれたマルケズさんが、実は帝国の有名な魔導技術者で、彼の飛空艇エンタープライズがガルーダ攻略の鍵になるということも。
霊災の影響で記憶を無くしていたマルケズさん――もといシドは、断片的ながらも自分の出自を思い出し、ボクたちへの協力を買って出てくれたのだった。
暁が壊滅状態である一方、蛮神討伐を果たせば、一気に組織の復活を世に示すこともできる……。まさに、転換点とも言える状況。
ボクは、身支度をするウイキョーを見つめ、言った。ガルーダ討伐の任務に、ボクも参加させてほしい、と。
ウイキョーは、準備の手を止め、ボクに目線を合わせる。
「厳しく、辛い戦いになります。それでも行きますか?」
彼の問いにボクは大きく頷いた。
この世界は確かにボクの思っていたよりもずっと厳しくて、悲しみに溢れていて、その心に触れた時には、立ち直れないような痛みに襲われた。
こんな痛みの中ずっと、何千年も生と死を繰り返して来たヒトたちのことを思うと胸が締め付けられるようだ。
――だけど。
あの海辺の宴席の場にいたヒトたちの心には、確かに喜びがあった。
力になれないことを嘆きながらも願いを託して精一杯のごちそうで送り出した。
そして砂の家で沢山の悲しい死と別れに直面した『暁』のみんなも、自分たちの信念を諦めず前に進もうとしている。悲しい過去で心を閉ざしていたシドも、自分に向き合おうとしている――。
悲しい出来事があってもけして終わりではない。その先で再起して、よりよい発展の道を、希望を見つめることだって出来るんだ。だから。
「ボク、ヒトのみんなが、満足して星に還れるような世界にしたい。そのために、いいことも、大変なことも沢山知って、この星のお役に立ちたい。――だから、連れて行って!」
ウイキョーはしばらく複雑そうな顔でボクを見つめてから、大きく頷いた。
「わかりました。では共に参りましょう。――けして無理はせず。不調を感じたらすぐに言うのですよ」
「ウイキョー……!ありがとう!!」
嬉しくて思わず抱き着くと、彼は少し面食らった顔をした後「やれやれ」とため息をつきながらボクの頭を撫でたのだった。