控えめオスラと花のうさぎ~新生編2
ウイキョウの日記
扉が開く音に弦楽器を下せば、湯気の立ったカップを片手に、オルシュファン殿が顔を出した。
「おっと。集中しているところだったか」
「いえ。お気になさらず」
拙い演奏を聴かれたことに、些かバツの悪さを覚えながら、私は飲み物を2つ受け取った。
「寝しなに曲をねだられ…即興で奏でていたのですが、いつの間にか私のほうが夢中になっていたようで」
苦笑しながら振り向けば、ミルラはスヤスヤと穏やかな寝息をたてている。
「安心したのだろう。なにせ、お前たちにとって、眠れぬ夜が続いていたのだからな……」
オルシュファンの言葉に私は深く頷き、ミルラを起こさぬように声を潜めつつ、これまでのことを語り合う。
――エンタープライズの捜索だが、まずは情報収集の段階で一苦労することとなった。
クルザス中央高地に基地や要塞を構える四代名家へ協力を仰ぐも、余所者だからと一向に相手にされず、更には国政の転覆を図る『異端者』の妨害にまで巻き込まれてしまった。 幸い、木材調達の一件以来の再会となったオルシュファン殿の協力を取り付けることが出来、同行していた皆も細々とした雑用を請け負い、貴族や兵たちの信頼も得られた。何より、成り行きとはいえ、無実の罪に問われたフランセル殿の命を救うことが出来たのは僥倖である。 ミルラにとってはこの国の実情を知る機会にはなっただろう。
情報を得た私たちは、要塞・ストーンヴィジルの最奥で、アシエンの妨害を受けつつもエンタープライズを確保する。その後は休む間もなく結界突破に使用する偏属性クリスタルの確保のためにミルラと手分けしてエオルゼア内を奔走した。そうしてようやく私達は蛮神ガルーダの討伐へと向かったのであった。
蛮神・ガルーダとの闘いはイフリートやタイタン以上に熾烈を極めた。潤沢なエーテルを湯水のように利用した苛烈な攻撃の数々は、一度でも受ければ致命傷になりうるものばかり。正面からの戦いは危険と判断し、周囲の岩に隠れながらの戦法を取るも、向こうも意外と頭が回るらしく、鋭い羽根で岩を破壊してくる。それでも私たちは本体への攻撃と羽根への応戦を兼ねながら、着実に相手のエーテルを削っていった。
やがてしびれを切らしたのか、ガルーダは渾身の強風攻撃を広範囲に浴びせた後、奥の手を使った。自らの分身を戦場に放ったのである。
本体の相手をする斧術士殿、そして仲間たちの回復に追われる幻術士殿の様子に気を取られ、私は背後に迫っていた分身に気づけず、鋭い爪で肩を岩場にに縫い付けられてしまった。
肩の肉を裂けば逃れられるか。そう覚悟を決めた瞬間。突如悲鳴とともに、羽毛が舞った。
――なんと、イクサル族たちの足止めに回っていたミルラが、一太刀浴びせたのだ。
分身の注意が逸れた一瞬を逃さず、私は傷の痛みに耐えつつ弓を放ち、分身の頭を吹き飛ばす。
これを追い風に、私たちはすかさず体制を立て直し、戦歌の力を得た槍術士殿の『限界を超えた一撃』により、蛮神ガルーダを退けたのであった。
戦いが終わり、私はまずミルラのテンパード化を心配したが、幸い、全く影響が出ていないようだ。……教会で発現したのはやはり『超える力』であると考えて間違いはないだろう。
まだ辛うじて息のあったガルーダは、自らの身体のエーテルを補給すべく、捕らえた獣人たちを死なない程度に痛めつけ、各々の蛮神を召喚するよう仕向けた。
イフリート、タイタン、そしてガルーダ。万全の状態では無いとはいえ、蛮神3体に相手に連戦するのは無謀だ。そう判断した私たちは、一度その場を離れる決断をする。
追跡に備え、エンタープライズの船上で弓を構えた私だったが、そこで目に映ったのは信じがたい光景であった。
――あのガルーダが、機械の獣に頭から『捕食』されていたのである。
真っ黒な魔物を形どった異形の兵器は、なんと、その場に現れた他の2神をも食らい、自らの力にして見せた。黒鎧の敵将・ガイウスは蛮神の力を吸収したその兵器を抑止力とし、このエオルゼアを支配しようと目論んでいるようだ。
奇しくも蛮神問題は鳴りを潜める格好になったが、いよいよもって帝国との正面衝突が見えてきた。あの恐るべき兵器の実力は未知数だが、少なくとも今の戦力で勝てる相手ではないだろう。
私達は今後の事を考えるべく、あの『砂の家』へと久方ぶりの帰還を果たした。血痕や悪臭でさぞかし酷い有様になっているだろうと覚悟したものの、思いのほか建物の状態は良い。
どういうことだろうか、と首を傾げる私達だったが、その理由は程なくして判明する。――襲撃を逃れたイダ殿とヤ・シュトラ殿がひそかに戻り、掃除や片付けをしていたのだ。
思わぬ再会、そして互いの無事を祝いつつ、情報交換をしたところ、どうやら主要メンバーは『超える力』の解析を目的に生け捕りにされ、カストルム・セントリへと連れ去られたらしい。
そして帝国軍の動向を探るべく再びクルザスの地を訪れた私たちは、飛空艇から辛くも脱出したビッグス殿、ウェッジ殿と合流を果たした。
――そして、次の手を考える前に一息入れるため、オルシュファン殿へと宿の用意を依頼し、今に至る。思えば、中々に長い道のりだったのかもしれない。もっとも、次々と発生する問題に忙しさを覚える暇すら無かった訳ではあるが。
「しかし、お前の成長にはただただ感動するばかりだ。初めて出会った時も相当な手練れではあったが、よもや蛮神の首を落とす程になろうとは!」
オルシュファン殿がいつもの朗々とした口調で褒めたたえ、私は曖昧に笑って礼を言う。確かに傍から見れば努力と才能によって凄まじい実力を発揮したように見えるのだろう。
実際の所は、ハイデリンに与えられた力による借り物の実力に過ぎない訳だが……。
「お前を慕ってついてきたミルラも、相当な伸びしろだ。剣をとって間もないというのに、今や一線級。いやそれ以上と言っても過言は無いだろう。なにせ、あのガルーダに一太刀浴びせたのだからな!」
「――そう、ですね」
明るい彼の声色に相槌を打ちつつも、私は目を伏せる。
果敢に蛮神へ斬りかかるミルラには、最早一切の迷いは無かった。悲鳴と罵声を上げ、血しぶきの代わりにエーテルを吹き出しながら暴れまわるガルーダに対峙し、その存在感に圧されつつも、決して自ら退こうとはしなかった。
「む、どうも浮かない顔だな。何か気に障っただろうか」
「――ああ、いえ。お気になさらず。私が勝手に後ろ向きに捉えているだけで……」
「なら、猶更教えて欲しい。我が友が悩んでいるとあれば、放っておくわけにもあるまい」
そう言うと、彼は椅子に深く座り直して私を見つめてきた。私は「参りましたね……」と苦笑し頭を掻きながら、自分の中にある迷いを打ち明けた。
彼の成長は確かに喜ばしいことだ。戦いの凄惨さを知り、覚悟を決めたうえで同行していることも分かっているつもりだ。
……けれど、それでも、怖さがある。何日か前までは死を理解できていなかった子に、このような荒事をさせ続けてよいものだろうか。と。ミルラとの出会いや教会での経緯も補足しつつ今の心境を説明すると、オルシュファン殿は「……そうか」と深く頷く。
「確かに、幼子を戦場に追いやるような心情になるのも頷ける。だが、実際彼は子供ではない。確固たる意志のもとで戦っているのではないだろうか」
「ええ、その通りです。この子が望む以上、それを阻むようなことはしたくない。――ですが、一方でやむを得ず人に武器を向けることの苦悩を……幼き時分の私を思い出すようで、どうも放っておけなくなってしまうのです」
今でも忘れられない。自分の行いにより筋違砦が戦場と化した……初めて人を殺めた、あの日のことを。
「それでミルラの心を癒すべく、唄を作っていたという訳か」
オルシュファン殿の言葉に私は頷く。ジョブクリスタルの力を借りて得た付け焼刃の力。加えて子守唄を唄ったからといって戦闘技術が向上するわけではない。
それでも。ままならぬ現実に打ちひしがれる心を。言葉や道徳だけでは埋められぬ隙間を包む何かを与えられれば。そんな自分になれれば――。
「――父親のようだな」
ぽつり、呟いたオルシュファン殿に私は目を丸くする。
「父親って……私が、ですか?」
「若い身空で不快に思ったならすまない。――だが、私は羨ましく思う。行く先を案じ、思う限りの愛情を与えんとする。そしてそれに報いようとする。嵐を先導し、その背を追い、共に歩むその姿を」
しみじみと語る彼の横顔に、私は以前滞在時に耳にした噂話を思い起こす。彼はフォルタン家の子息であるが、確かその生まれは……。
「うむ!イイ!お前たちはとてもイイ!!もし良ければ私が直々にミルラに剣の稽古をつけようじゃないか!!」
幾分興奮気味の声色でどうだろうか!と迫られ、思考を断ち切られた私は、目を白黒させる。
「いえ、どうもこうも、まずはミルラに聞いてからですし、そもそもタダでお願いする訳には」
「そうか。なら本人の了承を得た上で、お前が私に幻術を指南してくれ」
それなら十分な対価だろう?と不敵に笑う彼に、私は仕方ないですね、と恰好を崩す。確かに、ドラゴン族を相手取る彼らにとって、治癒魔法の技術は入用。外部の人間に知られても建前として通しやすい。明日、ミルラが目を覚ましたら本人の意向を訊いてみるとしよう。
「もちろん、お前自身が剣を振るってもイイのだぞ!!」
「いや、私は……近接武器は得手ではありませんので。というか、教わる側を増やしてどうするのです」
「ム……そこに気づくとは。剣を振るうお前の筋肉と汗はさぞかし美しいと思うのだが……」
相変わらず自分の趣味を隠そうとしない彼に、苦笑する。
そのとき、ミルラが小さな吐息を漏らして寝返りを打つ。これ以上話し込んでいては眠りの邪魔になるだろう。そう言って彼は席を立った。
「そうだ、寝る前にひとつ。――今後、私のことは『オルシュファン』でよい」
「呼び捨てで呼べと?しかし……」
「私は嫡男では無いからな。とやかく言う者もおるまい。だから殿などと堅苦しく呼んでくれるな。私たちは唯一無二の友であろう?」
「友……」
その言葉を噛みしめ、私は微笑み、頷いた。
「――では、オルシュファン。明日もまた、よろしくおねがいします」
「ああ、わが友ウイキョウよ。また明日、元気で会おう」
どこかこそばゆい想いで挨拶し、彼は心底嬉しそうに挨拶を返す。
扉が閉まった部屋の中には、温かいミルクティーの残り香が漂っていた。