控えめオスラと花のうさぎ~新生編5

ウイキョウの日記


 先日のアシエン出現事件からしばらく経った後、ミンフィリア殿に衝撃的な事実を告げられた。――バルデシオン委員会の本部を構えるバル島が『島ごと消滅』したのだという。
 その事実を聞いたとき、真っ先に思い浮かんだのはラハの顔だった。彼は、私のアパルトメントに滞在していた折、委員会本部と連絡が取れないことに首をかしげていた。……あの時は深く考えず相槌を打っていたが、よもやこのような事態になっていようとは。
 彼は大扉の向こうで半永久的な眠りについているため、最早伝える術はない。……寧ろ、安心して眠るためには、知らぬままの方が良かっただろうか。

 

『ノア』の調査活動終了からさほど日は経っていないのだが、何だか遠い昔のことのように思えてしまう。あの頃は、料理をして食卓で語らうだけの余裕があったが、今は持ち物の整理すらままならない。蛮神問題はもちろん、新組織設立や難民への対応など、課題は山のようにある。暁の血盟員は皆、戦い、調査、交渉、と各々の業務に忙殺される毎日だ。
 加えて、私たちが死力を尽くして討伐したアシエン・ラハブレアが未だ健在であることも発覚した。彼らは肉体やクリスタルを破壊しても生存できる『不滅なるもの』だという。一度打倒するだけでもあれだけの労力と犠牲を賭したことを思うと、絶句するしかない。今後アシエンが現れる度にあのレベルの闘争をしていたら、とてつもない程の人命が失われる。彼以外にも同等のアシエンが複数存在していることを鑑みれば、早急に根本的な対策を立てねばならないだろう。
 かといって学の無い私に決定的な対策を考案出来るはずもなく、技術面の対策はウリエンジェ殿をはじめとする賢人の皆へ一任し、光の加護を持つ私は各地で断続的に召喚されている蛮神の討伐に奔走していた。

そんな折、東方・ドマの難民の一団がベスパーベイに流れ着いたとの話が飛び込んできた。帝国の内乱に乗じて反乱を起こすも圧倒的武力の前に敗れ、その後の粛清によりドマという国は完全に滅亡したのだという。難民団の指導者・ユウギリ殿はウルダハへ保護を求めるが、砂蠍衆の賛同を得られず、一時的にレヴナンツトールで受け入れることとなった。
 ……遠方であるエオルゼアでは断片的な情報しか伝わって来なかったが、東方に故郷を持つ身として、改めて『現実』を突きつけられた気分だ。紅玉海や筋違砦の安否が気になり何人かに尋ねてみたが、幸い大陸東岸以東で粛清が行われたとの情報は無く、ホッと胸をなでおろす。
 今すぐ、この杖を掲げて彼らの元へ馳せ参じられたら。そう夢想するものの、現在の立場と責務を鑑みれば到底叶わないことである。……ただ、無事を祈ることしか出来ない状況に暗澹たる思いを抱きながら、私は『冒険者』に憧れる難民の子供たちを前に、努めて笑顔で受け答えをするのだった。

さて、子供たちの質問攻めを乗り切り『石の家』の片隅で弓の弦を張りなおしていると、横から「精が出るな」と声が掛かる。振り返れば、青い軍服に身を包んだ精悍なハイランダー男性がにこやかにこちらを見ていた。彼の名はイルベルド・フィア。統一先行組織『クリスタルブレイブ』の実働部隊隊長だ。

クリスタルブレイブは三国の統一組織『グランドカンパニー・エオルゼア』の先駆けとなる組織として、先日『暁』の主導のもとに結成された。最近再発傾向にある難民の暴動問題から、帝国・蛮神問題まで幅拾い分野の問題解決にあたるため、各国の冒険者やグランドカンパニーの兵士を募って組織されている。イルベルド殿も自ら手を挙げ、組織の中心人物のひとりとして日々奔走していた。
「忙しい所申し訳ない。例の件についてなのだが……」
「なるほど。では場所を変えましょうか」
 私は声のトーンを落としながら、石の家の談話室へ彼を誘導した。
 ――新組織設立早々、私達はきな臭い情報を入手した。何でも、三国いずれかのグランドカンパニーに帝国の密偵が入り込んでいるらしい。しかも彼の調査によると『写本師』なる首謀者を中心に組織ぐるみで暗躍しているようだ。今日はその内偵調査の進捗状況を報告しようと私に声を掛けてきたのだった。
 ひととおり報告に耳を傾けるが、残念ながら未だ末端の人間しか特定出来ていないようだ。旧友のラウバーン局長とも結託して引き続き内偵を進めてゆきたい、と意欲を示す彼に私は「ご負担をおかけします」と会釈しつつ……この組織への先行きへ不安を覚える。

アルフィノ殿は非常に聡明であり、私より遥かに学もある。エオルゼア外の人間だからこそしがらみも少なく、各国盟主よりも迅速に事を運ぶことが出来ているのだろう。だから、成り上がりの私が口出しすべきではないと分かっているのだが……どうにも憂いが拭えない。
 人は弱いものだ。例え善意による行いでも、第三者が自らの利益のためにそれを悪用し、結果思いもよらぬ事態に発展することもありうる。……例えば、私の薬が悪意によって横流しされた時のように……。

「あ!ウイキョーだ!おーい!……って、わわっ!?」
「おっと」
 私に手を振ろうとして片手を離したのか、ミルラの手元の荷物が傾くのが見え、私はとっさに駆け寄り支える。幸い怪我もなく荷物も無事だったようだ。
 事情を伺うと、どうやら新組織設立で仕事が凄まじく増加し、今はタタル殿に書類や物品の運搬を言いつけられていたらしい。焦って事故を起こすことのないよう言い含めると、彼は元気よく頷き、仕事へ戻って行った。話を中断してしまったことを詫びると、イルベルド殿は気にするな、と笑みを浮かべる。

「――微笑ましいな。暁の皆が仲のいい英雄親子だと噂していたのも納得がいく」
 彼の言葉に面食らう。
「アウラ族とヴィエラ族では似ても似つかない筈ですが……」
「種族は違えど、そう見えるのだろう。特に霊災後は義理の親子関係を結ぶ者も多い。ラウバーンもララフェル族の義子を迎えていただろう」
「ああ、確かに」
 直接お会いしたことはないのだが、彼には義理のご子息がいると聞いたことがある。何でも剣奴として実の父に売られていた所を剣闘士時代のラウバーン局長が救い出す形で養子に迎えたのだとか。不滅隊の局長直属隊として今も活躍されているようだから、そのうちお会いする機会もあるかもしれない。
「イルベルド殿のご家族は、今どちらに?」
「……妻子とともにアラミゴからエオルゼアへ移り住んできたのだが……第七霊災の時に、二人とも」
「それは……辛いことを思い出させてしまい申し訳ありません」
「いや、構わないさ。話を振ったのは俺の方だからな。だからこそ、家族を守れるほどの力や地位を持つ貴方やラウバーンには幸せになって欲しいし、羨ましいと思う」
 そう言って彼はふっと目を逸らし、しばし東の空を眺めたあと、仕事の話の続きを始めたのだった。