控えめオスラと花のうさぎ~新生編5

ミルラの回想


「幻龍ミドガルズオルム!ウイキョーの『竜の爪』を解除してよ!」
「単身何を話しに来たかと思えば、そういうことか」
 小竜の姿の幻龍は小さくため息をつき、それは聞き入れられぬ、と突き放す。ボクは、ウイキョーの力が弱まることで今後の暁の救済事業やエオルゼアの平和維持へ大きな支障が出ること、なによりそのことを彼がとても気に病んでいることを説明したけれど、幻龍は首を横に振るばかりだった。
「これはあの男へ与えた試練であると同時に人のあり方を問うものでもある。滅亡を願うものでもない。――もはやそのような次元の話ではないのだ。我はハイデリンと盟約を結び、託された。なればこそ、見極ねばなるまいよ」
 それは、この竜が納得しなければウイキョーはずっとこのままだということだろうか。試練とかいうものの結果は一体何を元に判断するのだろう。それに、ハイデリン様がこんな大変な試練を課すようなことがあるのだろうか……。そんな心配を上手く言葉にできないでいるうちに、ミドガルズオルムは問うてくる。
「ミルラと名乗るものよ。お主は何のためにここへ来た?主の言いつけ、世を知る愉しみ。そのような志ではこの先の世を生き抜くことは到底出来ぬ」
「そんな……じゃあ、せめて竜の爪の封印を半分、ボクに課してよ!そしたらボクも強くなって解いてみせるから!」
「フ……かの種族にしては随分と身の丈に合わぬ願いを抱いたものだ」
 苦し紛れに請うた願いを、幻龍は鼻から炎を吐き出して一蹴する。
「そこまで強く想うのならば、己で考え、あの男を助けてみせることだ。そしてその目で判断するがいい。人が”お主ら一族”が献身するに値する存在なのかを」
 そう言い残し、ミドガルズオルムは姿を消し沈黙する。ボクはただ項垂れることしか出来なかった。

 

――そして。
アシエン・ナプリアレスが石の家を襲撃し、ムーンブリダが命を落としたのはその数日後のことだった。

 外出から戻って彼女の訃報を聞かされた時、ボクは現実のこととは思えなくて言葉を失った。
 死は選べない。突然訪れる。……今までの旅で何度も見てきたことではあるけれど、改めてその事実を突きつけられた気がした。
 敵はウイキョー以外の『光の加護』を持つ者がいない時間帯を狙って襲撃を仕掛けて来たらしい。そのせいで、ボクは一連の戦いに参戦することが出来ず、帰ってきた時には全てが終わっていた。次元の狭間に連れ去られたミンフィリアを救うため、たったひとりでナプリアレスへ戦いを挑んだウイキョーは辛くも勝利を収めた。けれど最後の白聖石の行使であと一歩魔力が足りず、その場に駆けつけたムーンブリダが補強してくれたのだ。
――体を構成するエーテルすべてを、命を引き換えにして。

彼女の訃報を知らされた『暁』の主要メンバーはみんなひどく心を痛めていた。特にウリエンジェからはいっそう強い悲しみや怒りのココロが滲んでいた。一方で彼はフードとゴーグルで表情を隠し、『悲しい、つらい』という気持ちをあまり言葉にしていないようにも見えた。
 その意味を考えているうちに彼女の弔いについての話し合いが終わり、皆足取り重く執務室を後にしてゆく。そして、ふと重い気配を感知したものの、すぐにボクの身体に薄いエーテルの膜が被せられ周囲のココロの気配が薄れてゆく。後ろを振り向けばウイキョーが穏やかにほほ笑んでいた。
「すみません。私としたことが、貴方を負の感情に晒してしまいましたね。体調は大丈夫ですか?」
「うん……うん。大丈夫、だけど――」
 エーテルに覆われる直前に感じた『暗い感情』の正体を訊こうとして、しかしボクはそれをとても恐ろしいことのように感じて口を噤んでしまった。心配そうにこちらを見下ろすウイキョーにボクはなんでもない、と笑って。一緒に弔いの花を買いに行ったのだった。


 ウイキョー、イダとともにサリャク神の秘石前でムーンブリダの魂が無事に星海へたどり着くことを祈り、空を見上げたボク達は信じられない光景を目の当たりにした。無数のドラゴン族が高らかに雄たけびを上げながら集団でモードゥナの空を通り過ぎて行ったのだ。
 急いで石の家へ戻ると、そこにはイシュガルド神殿騎士団のルキアさんの姿があった。ドラゴン族の侵攻がついに始まってしまったらしい。急いでキャンプ・ドラゴンヘッドへ向かうと、そこにはオルシュファンとアイメリク総長、そして『エスティニアン』という名の竜騎士がボクたちを待っていた。
 先の襲撃で氷の巫女――イゼルが皇都の大事な防衛機構の一部を破壊してしまったせいで、戦いはとても不利な状況にあるのだという。ついてはエオルゼア三国のグランドカンパニーの助力を借りたいのだとアイメリク総長はお願いしてきた。
 ボク達は三国の盟主さんにそれを伝えたけれど、どうやら自分の国の治安維持や蛮神への対応で手一杯で、全面的な増援は出来ないらしい。アルフィノさまはすごく怒った顔で声を張り上げていたけれど、すぐに自分の態度が悪かった、と謝り、三国にはクリスタルブレイブの派兵許可と部分的な援助の約束だけ取り付けて帰ることになった。

 けれど、このままではドラゴン族に対抗する戦力があまりにも足りない。だから少しでも多くの兵士を募るためにウイキョーはレヴナンツトールで冒険者へ勧誘の声掛けをすることになった。ボクもその手伝いを……と思ったけれど、ふとタタルが少し前に「各国へ賢人を派遣した」と言ってたのを思い出し、リンクパールを鳴らしながら各国を回り始めた。
 リムサ・ロミンサのヤ・シュトラ、ウルダハのサンクレッド、そしてグリダニアのパパリモとイダ。
 それぞれの冒険者ギルドで落ち合って今の状況を身振り手振りを交えて必死に説明して回る。そして「ウイキョーが戦い過ぎて体に負担がかかっているから助けて欲しい」と伝えると、賢人のみんなは二つ返事で参戦の意志を示してくれた。彼らもタタルの事前連絡を受けて根回しをしていたくれたらしく、ボク達の会話を聞いていた冒険者たちは連鎖するように参戦の意志を示してくれた。

こうして、どうにか戦力を揃えたボク達は周辺の部隊を助けながら、皇都イシュガルドに繋がる巨大な橋・大審問へと向かった。そこでは夥しい数のドラゴン族が兵を襲っていて、積もった雪の所々に血が飛び散っている。
 それに怯む間もなく、巨大なドラゴン『ヴィシャップ』が地響きと共に姿を現し、決戦の火蓋が切られた。
 早速ヴィシャップの目の前へ躍り出て食い止めようとするが、その鱗は岩のように固く生半可な攻撃は全く通らない。しばらく応戦して、鱗の境目を上手く狙って斬ることが出来るようになったけれど、今度は大量の眷属たちが空から舞い降りてくる。
 ルキアさんが陣形を整え反撃するよう号令をかけると、神殿騎士達が一斉に応戦し始めた。大型ドラゴンを剣術士が抑え、大量の小型ドラゴンの群れには砲撃が降り注ぐ。……この時のボクは守り手としての役目を果たすのに必死で、戦局をあまり把握出来ずにいたのだけど、思い返せば兵の消耗や事故が殆ど見当たらない素晴らしい布陣だった。長年ドラゴン族と戦ってきた経験は相当のものだ。
 けれど、街の防衛機構が消耗していたこと、そして向こうも相当な規模で襲撃してきているため、徐々に押され始める。特にヴィシャップが一定時間置きにブレスで橋の広範囲を焼き払ってくるので、ボク達はそのたびに後退を余儀なくされた。
 まるでとてつもない自然災害に剣を向けているようで、足がすくみそうになる。けれど、ウイキョーは全く怯む様子も無く、手際よく魔力を循環させ、前線の兵士を癒しながら、隙を見てヴィシャップに岩の刃を叩き込む。そして、そんな彼を助けるようにサンクレッドは砲撃を逃れた小型ドラゴンを素早く切り伏せる。
 大型ドラゴンに真っすぐ突進するイダ、そんな彼女を声を張って注意しながらバリアを張るパパリモ、後方に陣取り大火力の攻撃魔法と、回復魔法を次々と繰り出すヤ・シュトラ。『暁の血盟』の主要メンバーは手慣れた様子で戦いを繰り広げた。
 彼らの様子を見て、最初は尻込みしていた冒険者部隊も各々の獲物を生かしながら邪竜の軍勢に立ち向かってゆく。やがて、空を覆っていた眷属たちは殆どが地に落ち、満身創痍のヴィシャップだけ残される。一方で皇都の障壁は残り1か所にまで追い詰められていた。
 巨大な竜は竜騎士部隊の猛攻を受けて血を吹き出しながらも執念で踏みとどまり、最大火力のブレスを放ってきた。あわや、と思った瞬間、ルキアさんがヴィシャップの目の前に躍り出て、翼状の防御魔法を自ら展開する。それを見た神殿騎士は彼女の傍に駆け寄って列をなし、魔法を展開した。身を挺して形成されたそれは一つの翼のように広がり、皇都を熱風から守って見せた。
 あまりの美しさに思わず見とれていたけれど、ウイキョーの声で我に返る。そうだ、今のうちに決着をつけないと!
 ボクはウイキョ―の風属性魔法の補助を受けて大きく飛び上がり、首の付け根に剣を突き立てる。悲鳴とともに大きく揺さぶられ、振り落とされそうになるが、突然、小さく痙攣して動かなくなった。――振り返れば、そこには脊椎に突き立てた槍を抜く竜騎士、エスティニアンさんの姿があった。
「ほう、やるじゃないか」
 そう呟き槍の血を払うと、鎧に覆われていない口元に笑みを浮かべる。
 瞬間、辺りは割れんばかりの歓声に包まれた。――ボクたちは邪竜の眷属から皇都を守り抜くことができたのだ。


 その後ボク達は、事後処理を神殿騎士任せてキャンプ・ドラゴンヘッドへ戻り負傷者の手当と各所への報告を済ませることになった。ボクが治療を受け終えて一休みしていると、パパリモとイダが声を掛けてきた。どこか痛めていないか、と気遣うパパリモに大丈夫!と笑顔で答えると、彼はあまり無茶をするなよ、と肩を竦める。
「それにしてもミルラはすごいね!シャーレアンから来た時は日常生活さえ心配な程だったのに、今は仕事も戦いも一人前なんだもん。そのうちアタシ、追い抜かれちゃうかも!」
「そう思うならもう少し危機感を持て!」
 無邪気にはしゃぐイダをパパリモはぴしゃりと𠮟りつけると、イダは口を尖らせながらも「はぁい」と返事をした。
「ところで、戦闘中にウイキョウを見ていたのだけれど、白魔法の出力が少し弱まっていたような気がするんだ。この間きみは疲労が溜まっていると言っていたが……他に何か覚えはないかい?」
 ボクは出かけた言葉を飲み込み、首を横に振った。パパリモは少し沈黙した後、短く「そうか」と頷いた。
「確かに彼は光の戦士と呼ぶにふさわしい人だ。魔法や弓術の腕はとても真似できる代物じゃない。……けれどボク達だって、こうやって声をかけてくれれば少しは力になれる。グリダニアからのよしみだ。いつでも頼ってくれていい……そう、ウイキョウにも伝えてくれるかい?」
「うん!二人ともすごく強いから、また何かあったらお願いするかも!」
「そうしてくれ。――彼は優秀で誠実だけど、どこか”ため込みやすい”気質があるようだからね。きみが気づいて頼ってくれるなら丁度いいさ」
 そう言い残し、二人は辺りの様子を見にその場を去って行ったのだった。