控えめオスラと花のうさぎ~新生編5

ミルラの回想

その後、ボクは日々仕事に追われていた。
 次々と蛮神の調査や討伐に駆り出されるウイキョーの荷物整理や報告書のまとめ、防具のメンテナンスの手伝い。さらに『クリスタルブレイブ』のメンバー達への制服支給や書類のやり取りにも駆り出される状況で、リテイナーとしての修行……というよりは最早勉強兼実務、といった具合で、毎日エオルゼア各地を駆けずりまわっていた。
「アルフィノ様、兵隊さんばかりじゃなく、事務方にも人が必要だってこと分かってまっすかね……?」
 と静かに苛立ちを滲ませるタタルを必死に励ましながら、日々を過ごしていく。

 

そんなある日。石の家の執務室で夜遅くまで報告書の整理をしていたボクは疲れて寝てしまっていた。肩を叩く感触があり、ハッと顔を上げる。
「あ!タタルごめん!!」と言って振り返ると、大柄な女性が可笑しそうに笑っていた。
 見慣れない顔に首を傾げていると、彼女はムーンブリダと名乗った。アシエンを滅ぼすための魔器『白聖石』の開発を担うシャーレアンの賢人として、以前ミンフィリアから名前は聞いていたけれど会うのはこれが初めてだ。『異端者』の拠点突入に協力するため、急遽こちらへ合流することになったらしい。
 異端者……以前、クルザスでエンタープライズの捜索をする時、ボク達と争ったヒトたちのことだ。ドラゴン族との戦争を千年以上続けているイシュガルドの方針に反対し、人と竜の融和を望んでいて、そのせいで国側と深刻な対立をしている。ガルーダ討伐以降は暫く話題に上がることも無かったけれど、この間レヴナンツトール開拓団の物資を略奪されたことで、再び彼らの足取りを追うことになった。ウイキョー達の調査の甲斐あって、スノークローク大氷壁に隠された本拠地へたどり着くも、彼らのリーダーである『イゼル』というヒトが意味ありげな言葉を残して逃走してしまったようだ。
 そして、今は彼女が足止めのために壊したエーテライトを修復しようと試みているのだと、ムーンブリダは補足してくれた。彼らは蛮神『シヴァ』を召喚するためにクリスタルを保有し、近々戦闘になる可能性が高いということも。

「……行きたいなぁ」
 思わず本音が口からこぼれる。ムーンブリダは「おや」と不思議そうな顔をした。
「わざわざ蛮神と戦いたいだなんて。強敵の戦いに飢えて仕方ない!ってヤツかい?」
「そういう訳じゃないんだけど……何だか、置いていかれちゃった気がして」
 ――この異端者騒動には不滅隊の誰かが関わっていて、その人を捕まえるためにウイキョーたちがあちこち調べてまわったり、一方帝国では皇帝が命を落としたことで孫のヴァリスってヒトが即位して再侵攻の危険が高まっていることも知っていた。けれど、それは殆ど報告書で知ったこと。リヴァイアサンやラムウを含めた各地の蛮神との闘いも、全て参加出来た訳では無かった。
 今のエオルゼアには多様で根深い問題が山積みで、急速に解決を迫られている。だから大きな組織で手分けして問題にあたるべきだ。蛮神のテンパード攻撃は一人でも防げるから、ボクには寧ろ戦い以外の社会勉強に重きを置いて欲しいのだと、ウイキョーは言っていた。確かに、知見の少ないボクは小さな仕事を堅実に積み重ねることが大事なんだろう。……だけど……それでも、どうしても寂しさやもどかしさが胸の底から湧き上がってくる。例え大変な場でもウイキョーの隣で、聞いて、感じていきたい。そう願うことはワガママなことなのかな。そう呟くと、ムーンブリダはなるほどなぁ、と顎に手を当て、そして大きく頷いた。

「いいじゃないか、たまにはワガママ言ってもさ!事務仕事ならあたしが引き受けといてやるからさ、どーんと行ってきな!」
「え、いいの!?」
 ボクが思わず目を輝かせると、彼女はうんうん、と笑顔で頷く。
「あたしの勘が正しければ、あれは、ウリエンジェと同じタイプだ。遠慮してないでどんどん食いついていくんだよ!」
 そう言ってグッと親指を立てて見せたのだった。


 こうして彼女に背中を押されたボクは仕事を全力で引き継いでから、大急ぎで準備と鍛錬を済ませ、対異端者の突撃部隊へ名乗りを上げた。ウイキョーは不安な気持ちを滲ませながらも、作戦終了後すぐに事務仕事へ戻ることを条件にメンバーへ加わることを許してくれた。
 修復されたエーテライトを用いて転移した先で、ボク達は異端者の聖女・イゼルと鉢合わせになる。そして彼女は何と自らクリスタルのエーテルを取り込み、蛮神『シヴァ』へと姿を変えて戦いを挑んできた。人が蛮神に変わるという信じられない光景に息を呑むメンバーを背に、ボクは剣と盾を構え敵の前へ飛び出した。ウイキョーはざわつきを鎮めるように幻具を鳴らし、各自の持ち場につくよう指示を飛ばす。
 シヴァはその可憐な姿からは想像できない程苛烈な攻撃の数々を仕掛けて来た。メンバー数人に追尾型の魔法を放って痛手を与え、盾役のボクには強力な斬撃を繰り出してくる。加えて配下のゴーレムを数体けしかけたりもした。それでも数の差とチームワークで徐々に押され始めると、辺りを一面をまとめて氷漬けにする大規模魔法を放って攻勢を強めてくる。
 ボクはその場に踏みとどまって攻撃を耐え、ウイキョーは回避や散開を呼びかけながら白魔法で味方を癒し続けた。……やがてシヴァの魔法や斬撃の勢いが徐々に衰えてゆき、ついに彼女はひざをつく。氷のエーテルが霧散すると、そこには息を切らして蹲るイゼルの姿があった。
 ウイキョーは周囲を見渡してから冒険者部隊を退避させ、ボクの治療を始める。彼の指摘を受けて自分の身体を見ると、装備の所々が裂けて血がにじんでいた。戦いに夢中で痛みに注意が向かなかったけれど、途中で氷の斬撃を正面から受けた気もする。けれど、ボクはどうも他のヒトよりも治癒能力が早いらしく、ウイキョーが治癒術を施せば跡形もなく傷は消えた。

一方、イゼルは手当をしている隙にその場から姿を消してしまった。
「人とドラゴンの戦いは人が呼び起こしたもの。長きに渡る戦争の真相をその目で確かめて欲しい」
 そう言い残して。
 とっさに『花』の力を展開すると、花は深く暗い、群青色からゆっくりと無色へと還る所だった。本人がその場から去ってなお、残り香のように漂う悲しみの心。……ボクは彼女が出まかせを言っているようには思えなかった。
 確かに、異端者はボク達の活動を妨害していて、中にはかつて倒したギィエームのように悪辣な仕打ちをするヒトもいた。けれど、本当に一人残らず星へ還さないといけないのだろうか。そうウイキョーへ尋ねると、彼は難しい顔をして考え込んでいた。
 一先ず敵地を制圧したことをイシュガルド神殿騎士団のアイメリク総長へ報告し、作戦は終わりを迎えた。盗まれた物資の一部も見つかり、レヴナンツトールへ移送されることとなる。ボクはその一団と一緒に石の家へ帰ることになった。


 物資盗難と蛮神シヴァのことは一旦収束した扱いになり、ボクは石の家の執務室へと戻ることになった。各地の問題事項の報告書やその解決に使う物品、メンバーの配置表など作る書類は日々増えるばかりだ。蛮神討伐の直後なのだから無理をしなくても良いとタタルやムーンブリダは気遣ってくれたけど、そういう訳にもいかない。タタルは増員となった事務員の教育と指揮、お金の管理に駆けまわり、ムーンブリダは『白聖石』の最終調整のため、研究室とフィールドを行き来する毎日だ。
 ――だから、ボクもたくさん勉強してみんなの力になりたい。その一心で日々仕事に向き合っていた。もちろん机に向かってばかりでは体がなまってしまうので、鍛錬も欠かせない。過去の戦いの回想や木人を使った剣さばきの訓練をしつつ、ドラゴンヘッドに用事が出来た時はオルシュファンに稽古をつけてもらう。
 一方のウイキョーはアルフィノさまやイルベルドさんと一緒に各国の問題解決にあたっていて、殆ど石の家に戻ることが無い。帝国の密偵が牢から脱走して不滅隊を巻き込んだ騒動に発展したり、それを機に共和派や帝国に不穏な兆候が見えてきたりと、色々と大変な状況らしい。

そんなある日。デスクワーク用の茶菓子とコーヒーミルクを片手に黙々と書類をこなしていると、いつの間にかすっかり日が暮れていた。この履歴書の山をタタルに持っていったら休憩にしようか。そう考えて大きく伸びをしたとき、執務室のドアが開き、ルガディン族の斧術士さんが声を掛けてきた。以前ウイキョーと一緒にプラエトリウムで戦ったメンバーの一人だ。
「よう、お疲れさん。遅い時間だがもうじきウイキョウさん戻ってくるらしいぜ」
「本当!?」
 声を弾ませるボクに彼はああ、と微笑まし気に頷く。
 ――先日ドラゴン族が一族へ向ける一斉号令『竜の咆哮』の兆候があったとのことで、イシュガルドから『暁』へ銀泪湖にそびえ立つ『黙約の塔』の調査を求められていた。その調査日がちょうど今日で、ウイキョーは調査隊のリーダーを務めることになっていた。
「しかし、まさかあの幻龍ミドガルズオルムの幻影が話しかけてくるとはな……俺達は先に帰されちまったが、一体どんな話になっているのやら」
 プラエトリウムの一件でウイキョーは、仲間を先に帰した後大けがを負って帰還しているため、彼はどうしても心配で石の家で待っていた。するとそれを見越したのか、ウイキョーはリンクシェルを通じて『任務は無事終わった』と連絡してきたらしい。
「やれやれ。安心したら何だか眠くなっちまった。俺は先に休むが、ウイキョウさんにはよろしく伝えといてくれよ」
 そう言い残し、彼は大きく伸びをして寝室へと姿を消した。

しばらく書類整理をしていると執務室の扉が開き、ウイキョーが姿を現した。駆け寄って出迎えるがどこか声に覇気がない。何気なく彼の手を取り、ボクは思わず息を呑んだ。エーテルの代謝が……信じられない程に低下している。
 一体何が、と尋ねようとしたとき、突然小型のドラゴンが光と共に姿を現し、端的に事情を伝えてきた。

 ――ウイキョーは、超える力を封印されてしまったのだ。