控えめオスラと花のうさぎ~新生編5

ウイキョウの日記

――今日は弓の鍛練をしても威力が出ず、瞑想による疑似戦闘もまるで成果が上がらない。私はすっかり肩を落としながらこの日記を記している。
 報告へ行った際にミンフィリア殿にも感づかれてしまったので、ミルラと3人になったタイミングで事情を打ち明け、このことは他の仲間を含め、一切口外しないこととなった。この不安定な情勢の中、私の不調が知れ渡れば当然クリスタルブレイブの士気は低下するだろうし、内外の敵対勢力が増長する切っ掛けを与えることにもなるからだ。
 2人には随分と体調の心配をされたが、傷や病に当たるような自覚症状は無い。ミドガルズオルムも「光の加護を封じただけで、汝の身体を蝕むつもりはない」と、わざわざ小竜の分体を現して補足してきた。しかし、先ほどの鍛錬の成果を見るに、戦う力が著しく低下しているのは確かだ。
 かの竜は、この仕打ちを『試練』と宣っていた。為すべきことを為し、楔を己が手で砕いてみせよ、と。
 ……本当に、出来るのだろうか。私はテンゼンでも、ましてやバルダムでもない。……借り物の英雄に過ぎないというのに。

 

翌日、寝不足気味の頭を叱咤させつつルキア殿へ報告を済ませると、入れ替わるようにしてタタル殿が駆けつけてきた。曰く、クリスタルブレイブのとある部隊の訓練中に中規模の事故があったのだという。その場に同席していた槍術士殿――魔導城への進軍を共にしたエレゼン族の女性兵士に事情を聴く。事故の原因を作ったのは先日のリヴァイアサン討伐にも参加した海都出身の隊員だ。腕は立つ方だったが……と首を傾げるが、寧ろそれが仇になったらしい。蛮神戦において、私は『超える力』によりメンバーの戦闘力を大幅に強化するため、攻守ともに多少の無理は効くようになる。どうやらその時の戦闘感覚を引き摺ったまま敵の群れに特攻してしまい、結果事故に繋がったのだとか。事情を聴いた槍術士殿は彼らの無謀な振舞いを強く叱ったものの『陰気な森都の女が生意気を』などと口汚く反発を受けてしまったようで、彼女は怒り心頭であった。

 ともかく、私から話せば少しは響くだろう。そう算段し、私は彼らが搬送されたテントを訪ねた。見覚えのある兵士数名が「英雄殿!」と目を輝かせ一斉にこちらを振り向く。傷の具合を伺い皆に治癒術を施すと、楽になったと歓声が上がった。
 しかし、そのうちの一人がふと「なんで完璧に治してくれないんですか?」と問うてくる。僅かながら痛みが残っていることが気になったらしい。
 私は、治癒魔法はあくまで患者の治癒能力の促進を促すものであり、過剰な施術は被術者の生命力を消耗させるリスクがあること、そして強力な白魔法を濫用するとその回復力を前提とした無謀な戦いに繋がることを説明した。事実、過去にはそれが積み重なったことで魔大戦が引き起こされ、皮肉にも多くの命が失われた歴史があるのだということも。彼らはやや退屈そうな表情をしつつも、私が話し終えると、「ためになりました!今後は気をつけます!」と笑顔で敬礼をしてくれた。

 ――ひとまず納得してもらえたなら何より。そう結論付け部屋を出るも……どうも腹落ちしない感触があり、何とはなしにドアの影で立ち止まる。すると部屋の中からぶつぶつと声がきこえてきた。
「何だよ。随分と説教くせぇ英雄サマだなぁ」
「結局グリダニアの堅物どもと同じこと言ってる。なんかガッカリだ」
「でもまあ何かあってもあの人が全部何とかしてくれるだろ。すぐ治してくんないならブロンズレイクでワイン飲んで昼寝でもしよーぜ」
「違いねぇ!怪我人には”療養”が必要だもんな。可愛い姉ちゃんでも買って沢山お世話して貰うことにするかぁ」
 病室の外まで響くほどの笑い声が響き、槍の柄に手を掛ける槍術士殿を首を振って制する。必死のリハビリを経て戦線復帰したばかりの彼女からすれば、確かに許せない事態だろう。……だが、人は得てして楽な方向に流れるもの。そう思って行動した方が失望せずに済むのだから。