控えめオスラと花のうさぎ~新生編3
ウイキョウの日記
――夢、というものは。いかに鮮烈なものであったとしても目が覚めて暫くすると忘れ去ってしまう。大抵のものは疲れによる荒唐無稽な幻影であるから、それでも問題はないのだろう。
けれど、此度の夢はけして忘れてはならない。忘れたくはない。だから、ここに書き記したいと思う。
それを語るには、先ずは昨日の出来事から順に語らねばなるまい。
以前より幻術皇より打診を受けていた黒衣森の大精霊を鎮める『鎮撫の儀』。
お二方と私は、白魔法の修行、儀式に使う装束集めを粛々と進めていたのだが、折悪く精霊のざわめきが強まり、私達は装束の完成を待たずに儀式を強行せざるを得なくなってしまった。
長老の木を通じて沈静化を試みるも、途中で荒ぶった精霊が魔物の群れを呼び寄せ、悪化する状況に焦りを募らせていたその時。
――いかなる奇跡か、ア・トワ様そのひとが姿を現し魔物の討伐の手助けをしてくださったのだ。
辛くも儀式を完遂し精霊を鎮めた私達を激励し、かの人は光となって去ってゆく。……マザークリスタルによる一時の奇跡だったと、彼は微笑んでいた。
そして、この日の夜、ア・トワ様が私の夢枕に立たれたのだ。実はほんの少し、余力を残しておいたのじゃと、彼は悪戯っぽく笑った。
「貴方は私の憧れです。……お会いできて本当に良かった」
『わしもじゃよ。まったく、あのちび助が、背格好もエーテルもすっかり立派になりおって!』
腕組みをして笑顔で見上げるそのお姿は、幼少の記憶に比べて、かなり小柄であった。
私は彼にせがまれ、ここに至る経緯を語った。
自らの才を伸ばし、真の居場所を得るために草原を出たこと、海賊衆の元で苦楽を学んだこと、満を持してグリダニアへたどり着き、幻術の修行を積み、今に至ったことーー。
ひととおり話を聞き終えた彼は大きく頷き、穏やかに微笑む。
『なるほど、二十数年前のわしの見立ては間違いでは無かったの。禁術の使い手として今後も驕らず、精進するがよい』
「ええ。承知しております。ア・トワ様の後継として恥じぬ振る舞いを心掛けますとも」
『うむ。お前なら偽りなくそう在り続けよう。であればこそ、この場で2つ、戒めを授けよう』
私が姿勢を正すと、ア・トワ様は静かに瞑目し、お話を続けられた。
『ひとつ。わしの在り方を盲信してはならぬ。わしは、森都のしきたりに背を向け、旅に出た。結果、各地で数々の見聞を得た代わりに、その道のりで呆気なく凶刃に倒れた。そのことにわし自身は一切の後悔は無い。しかし、グリダニアの角尊らに多大な失望と不安を与えたことも事実。そこに真の善悪など在りはしない』
『ふたつ。痛みを忘れてはならぬ。白魔法は非常に強力ではあるが、けして万能ではない。全快魔法と謳われるベネディクションですら、その身・その心に受けた痛みまでは帳消しには出来ないのじゃ。
……治癒の力を以てしても取返しのつかぬ事があるということを、ゆめゆめ忘れてはならぬ』
そこまで語り、ア・トワ様は肩をすくめて見せた。
『……全く。若い頃、年寄りの話は”禁ずる””ならぬ”ばかり!と辟易したものじゃが、実際おのれが語るとなるとこの様じゃ。儘ならぬものよ。しかし、裏を返せば、あとはお前の好きなようにして問題ないということじゃ。
――ウイキョウ。我が後継者よ。お前はいずれ癒し手に留まらず様々な役割を追うこともあろう。胸を張り、進み続けよ。それこそが続く者らの道となろう』
そう言い残し、ア・トワ様はまばゆい光とともにその場を去り、私の意識も遠のいてゆく。
そして夢から覚め、グリダニアのアパルトメントの天井が視界に入る。
枕もとを見れば、彼の愛杖『タイラス』が置かれていた。きっと、彼が遺した最後の贈り物なのだろう。私は杖を手に取り、ひとり、祈った。
「我が生涯の師へ、至上の感謝を。……願わくばその旅路が、安らかでありますように」
――白き石の杖が、微かに明滅したように見えた。