控えめオスラと花のうさぎ~新生編3

ミルラの回想

その日の夜、ボクはむむむ、とうなりながら工具を手に作業に没頭していた。目の前にあるのは帝国製の機械兵器『魔導アーマー』だ。

 あれからボクたちは帝国の基地『カストルム・セントリ』に捕らえられたミンフィリア達の救出作戦を考案し、被害を最小限に抑えるために帝国兵に偽装して忍び込む『欺き作戦』を決行することになった。そして作戦遂行のために必要な魔導アーマーを奪取するところまでは成功したのだけど、肝心の機体が故障して動かず、修理が必要になったのだ。

実のところ、ボクの故郷は機械技術がかなり進んでいて、ボクも整備には少し自信がある。なので、メンテナンス作業に手を挙げ、加えて貰うことにしたのだ。最初、シドたちはどこか半信半疑だったものの、いざ整備を始めると驚きながらもボクの実力を認めてくれたみたい。ウェッジとビッグスも、
「なんか色々と謎技術ッス……」
「だな……その青く光る耳パーツは必要なのか?」
 と首を傾げながらも一緒に協力して作業を進めることになった。

そうして数日、最低限の食事と仮眠を取りながら調整を重ね、どうにか終わりが見えてきた。最後の作業は魔法人形のコア、機械の心臓部分の調整だ。 しかし、途中でウェッジの意識が段々朦朧としてきたので、彼には休んでもらい、残りの3人で交互に休憩を取りながら仕上げ工程を進めることになった。――成り行きの交代制だけど、ボクを信じて作業を預けて貰えて、なんだか嬉しい気分になる。

黙々と夜中まで作業を進めていると、ウイキョーがパンとスープを手に様子を見に来た。ウェッジが倒れてしまったので、ボクも体調を崩していないか、心配で様子を見に来てくれたみたい。まだまだ大丈夫だよ、と笑うと彼はどこか申し訳なさそうな顔をした。
 ……一見、オールマイティに見える彼が大の機械音痴だと分かったのはつい数日前のこと。魔導アーマーの試運転をしようとしたところ、何故か目的と間反対の場所に蛇行したり、エンストを繰り返したりと、試運転以前の問題だった。
 ウイキョーは作戦の主戦力なので、どうにか操作を成立させなければならない。シドが考え抜いた末に、エーテルや声による操作が出来るよう急遽大幅な改良を加えることになっていた。もちろん、このことは直接伝えてはいないけれど、彼のことだからきっと気づいたのだろう。  
「ミルラ、私で何か力になれることがあるなら、」
「ううん!何もないから大丈夫!!休んでて!!」
「…………そうですか」
 ボクがそう伝えると、ウイキョーは肩を落としてしまった。

……この時は本当に何の他意も無くて。
彼が亡き師匠から譲り受けた幻具を馴染ませるため遅くまで鍛錬をしているのも知っていたから、純粋に休んで欲しくて言ったのだけど……今思うと、もう少し言い方というものがあったかもしれない。

「あ!でも待って!キブンテンカン?になにか一曲、聴きたいかも!」
「それならお安い御用です。では、眠くならないような曲をひとつ――」
 ウイキョーはホッとしたように微笑み、ハープを取り出し、弦を鳴らす。奏でたのは、いずこに存在する街をモチーフにした曲。沢山の種族が商いに訪れ、宿や酒場が賑わう、そんな中に時折楽器演奏の音が軽快に響いてくる……優しくも元気の湧いてくる曲だった。
 彼が奏でる数々の曲は、自身が作曲したものではなく、吟遊詩人のソウルクリスタルが保有する歴代の詩人たちの記憶からの借り物なのだという。けれど……こうやって奏で、歌って貰うとき、いつもボクはウイキョー自身の優しい気持ちが伝わってくるようでホッとした気持ちになるのだ。

1曲聞き終わる頃には、疲れたボクの脳も少し元気を取り戻したので、あとは大丈夫だよ、と伝えると、彼は心配そうにしつつも邪魔になるといけないと考えたのか、そのまま作業部屋を後にした。
 さて、作業再開……と工具を手にした時。ふと見ると、魔導アーマーの複眼がペカペカと点滅している。同時に、胸の内に暖かな気配を感じたボクは工具を置き、『花』の力を使う。微かに花弁状のクリスタルが明滅している。――これは、もしかして。

ボクが、ウイキョーの歌、素敵だった?と尋ねると、またチカチカとランプを点灯させる。そして、花がほんのり暖かなクリーム色に染まったように見えた。
間違いない!微かだけど、この子には”心”が宿りつつあるんだ!
そう思うとなんだか嬉しくなって、ボクは整備の手を動かしながら、今までのことを語ることにした。

遠い空と海の向こうからこの地へやってきたこと。砂漠の港でウイキョーに出会ったこと。世界の大変さも知ったけど、楽しいこともたくさん見てきたこと。
そんなボクをウイキョーは優しく見守ってくれる。だから今も旅を続けられていること。
ボクも最近剣を取り、彼の親友のオルシュファンに稽古をつけて貰えることになった。……けれど、だからといって今すぐ上手くなれる訳ではない。だから、今は得意な機械いじりで力になりたいと思っていること――。
 そんな風につらつら語りながら手を動かし、ボクは交代の時間まで作業を続けたのだった。

そして翌日、ボクは眠い目をこすりながら、試運転のため、ウイキョーとシド達と街の外へ魔導アーマーを移送する。しかし、いざ始動しようとしたとき、帝国兵に発見され、戦闘になってしまった。

戦いの最中、魔導アーマーが流れ弾を受けそうになっているのを見、ボクは大きく飛んで盾を構えた。しかし、運悪く近くの石に跳弾した弾が脚を掠め、鋭い痛みによろめく。剣を振り上げる帝国兵が目に映り、ボクはギュッと目を閉じたが、瞬間、慣れ親しんだエーテルの気配とともにウイキョーの結界が敵の剣を跳ね除けた。

そしてウイキョーが敵をけん制するように杖を構えた瞬間。突然、背後から機械音が響き、帝国兵たちは爆風に巻きこまれた。
――驚いて背後を振り返ると、魔導アーマーの目にははっきりと光が灯っている。
そしてボクたちの指示を待たずに確かな意志を持って砲撃し、帝国兵を退けたのだ!

すごい!とボクが瞳を輝かせると、機体はどこか自慢げに排気音を鳴らし、そして『乗れ』とばかりにウイキョーのお尻に頭部を当てる。そして彼が戸惑いつつも乗り込むと、運転操作が一切無い状態で縦横無尽に飛び回ってみせたのだった。