控えめオスラと花のうさぎ~新生編3
ウイキョウの日記
こうして、ミルラ達の尽力によりカストルムセントリ潜入作戦は決行された。
あのシドを以て『どうしようもない』と言わしめた私の機械操作センスが悪影響を及ぼさなかったのは、ひとえに彼らのおかげである。調整が施された機械兵器は、まるで一種の使い魔のように私の指示に従い、基地を駆けて見せた。
奪った帝国の兵装を着込んだ私たちは首尾よく囚われたミンフィリアたちの救出を成功させる。
一方、乱戦の中で魔導アーマーは自ら兵士達に突撃してしまったので、ともにエンタープライズ号で脱出することは叶わなかった。
そのことにミルラは少なからずショックを受けており、何と慰めたものか、と思案するが、その時、私たちは、思いもよらぬ展開を目の当たりにする。蛮神を取り込んだ帝国の機械兵器『アルテマウェポン』の完成、兵装の圧倒的威力を。
そして……仮面を取ったアシエン・ラハブレアの顔が、サンクレッドその人だったことを。
余りの事態にミンフィリア殿は一時呆然としていたが、先ずは各国へ圧力を強めるであろうガイウスへ対抗しなければならない。
彼女は自らを奮い立たせ、アルフィノとともに各国の盟主へ『暁の血盟』復活を宣言するため動き始めた。
休息もそこそこにウルダハの政庁層へ駆け込めば、既に帝国からの書簡が届いており、今まさにガイウスの要求を飲み、実質帝国の統治を認めるような決定が行われようとしていた。
ミンフィリア殿は蛮神問題の解決をアルテマウェポンに頼るのは間違っている、と主張し、アルフィノ殿は5年前のカルテノーの戦いを引き合いに、エオルゼアは牙を失ってはいないはずだ、と強く発破をかける。私も頷き、東方の状況を鑑みるに、帝国に支配を委ねたら最後、苛烈な圧政に苦しみ続けることになるであろう、と忠告した。
3国の盟主はあまりに突然の状況の変化に驚きを隠せない様子だったが、やがて、私たちの意見に同意し、脅しに屈せず戦い抜くことを決意されたのだった。
こうして、対帝国反抗作戦『マーチオブアルコンズ』が決行されることとなった。各国のグランドカンパニーに留まらず、リムサ・ロミンサの海賊諸派やウルダハの共和派、民間のフリーカンパニーも参戦した、一大作戦である。
作戦の趣旨・規模双方から、決して失敗は許されない。よって、我々は周到に計画を整えた上で役割を明確に決めてゆくこととなった。
まずはラノシア地方の帝国基地『カストルム・オクシデンス』を統括するリットアティン・サス・アルヴィナを排撃。当該基地を無力化させる。続いて、エオルゼア各地域の基地とその交通網を、各国のグランドカンパニー主導で包囲・封鎖。これによって援軍を絶つのが狙いである。
そして最後にアルテマウェポンが格納されている『カストルム・メリディアヌム』内の基地へ、冒険者部隊の精鋭が突撃し、目標を破壊する……ここまでが一連の作戦だ。
予想はしていたが、冒頭のリットアティン強襲作戦、及び最後のアルテマウェポン破壊作戦は、私が担当することとなった。
もっとも、遠隔攻撃手兼癒し手の私一人で戦うのは流石に無理があるので、今までの蛮神戦を共にしてきた『暁』の精鋭たちと共に任務に就くことになる。ミルラも同行を希望したが、私は首を横に振った。
彼の戦いの才能は目を見張るものであり、最近はオルシュファン殿の稽古もあって立ち回りも改善しつつある。……だが、最終段階で遭遇するであろうアシエン・ラハブレアとの戦闘を考慮すると、発展途上の彼を連れていくのはあまりに危険だ。
そのことを伝えると、ミルラは残念そうに目を伏せつつも、私の無事を願い、身を引いてくれた。代わりに彼はグリダニア方面の『カストルム・オリエンス』からの陸路封鎖を担当することになったようだ。作戦にはあのシルフ族達も参加するという話だから、ノラクシア殿の弔い合戦としても大いに意義のある戦いとなるだろう。
一通りの役割分担が終わったところで、第一作戦の目標であるリットアティンが前哨基地へ移動したとの一報が入る。私は事前に備蓄した矢を筒に補充し、目的地へと移動した。
物陰へ隠れて待ち伏せ、気配を殺して目標の黒鎧へ弓を構える。槍術士殿が突撃し、取り巻き数人を蹴散らした瞬間。――私は引き絞った弓を放った。弓は鎧の関節部に命中し、男は、うめき声をあげて膝をつく。そのことを確認した私は弓を手に、他の味方兵とともに槍術士殿の元へ駆けつけた。
帝国兵数人に支えられるリットアティンは体を痙攣させ、ぜえぜえと息を吐いている。矢じりにはモルボルの粘液を数十倍に濃縮した猛毒薬を塗布していたため、間もなく致死量の毒が全身へ巡ることだろう。
「エオルゼアの英雄とも称される者が、騙し討ちとはな」
「支援職ですので。正面から渡り合う選択肢はございません」
鎧越しに憎々し気な視線を向けるリットアティンに、私は淡々と言い放つ。
「最もらしいことを。ならばなぜこうして顔を晒すような真似をした?」
「交渉です。私は治癒術も生業のひとつ。ゆえに、貴方の毒を解除する術も持ち合わせております。今ここで投降をご決断頂ければ、三国の盟主に掛け合い、救命も視野に入れましょう」
私の提案に、「非道な!」「卑怯者め!」と帝国兵の罵声が飛ぶ。一方で周囲の味方兵には「どの口でそれを……!」と声を震わせる者もいた。
「フン、正に蛮族の英雄と言ったところか。――断る。例えこの身が滅びたとて、あの方を裏切るなど断じてありえぬ!」
そう言い捨て、リットアティンは矢を抜き、バーナーで傷を焼き塞ぐ。そして気色ばむ部下数人に基地への報告と迎撃を命じてその場から撤退させた。ふらつく足で立ち上がり重火器を抱える大男を前に、私は得物を幻具へ持ち替え、同行していた冒険者部隊を下がらせた。――狩りにおいて、手負いの獲物ほど恐ろしいものは無いからだ。
数刻の睨み合いの後、戦いの火蓋は切られた。
会話の途中で仕組んでおいた「ストンラ」の岩で一突きにするつもりだったが、ガンシールドで防がれ、以降は魔法と重火器の応酬だ。
しかし、初手に受けた毒が巡ったことで、段々彼の立ち回りも覚束なくなる。
その隙を狙って、止めを刺そうとしたとき、不意に銃弾が角の真横を通り過ぎた。
見れば、そこには震える手で銃を構える帝国兵が数名ほど。友軍への伝達を終え戻ってきた。最後まで隊長と戦いたかったのだと言い、隊長を守るように攻撃を仕掛けて来たのだ。
まさに軍人の鏡とも取れる行動である。リットアティンの普段の人望も窺い知れる光景だ。
――だが、そういった美談は味方であって初めて成立する話でもある。
私は、無詠唱の「エアロラ」で敵兵の脚を切り裂いてから、鋭い岩で急所を突き、順に仕留めていく。血しぶきとともに仲間たちが倒れ伏す中、一人だけ私に肉薄してきたが、いなして地面へ叩きつけ首の骨を折れば、敵は沈黙し、地に倒れ伏す。
その光景を目にしたリットアティンは激高した。
「貴様アアアッ!よくも我が配下をォォォ!!」
もはや前哨基地の施設や自身の身体への被害も顧みないレベルで広範囲の重火器を放ち、己の怒りと憎しみをぶつけるかのように捨て身の戦いを仕掛けてくる。
そのオーラに思わず圧倒されそうになりながらも、私は「ホーリー」による足止めや治癒魔法を使った持久戦に持ち込むことにした。
いくら気力で保とうとも、最初の毒が回りきるのを待てば生物である限り絶命する。そう考えたからだ。
しかし、直後、その認識が甘かったことに気づかされる。
リットアティンは突如鉄鎖で私の身体を縛り上げ、自らを巻き込む形でミサイルや榴散弾を打ち込み始めたのだ。
熱風が肌を焼き、喉を焼けるような痛みが走る。
……冗談じゃない。これではまるでドタール族じゃないか。
そんな思いが過りつつ、私は喉を壊される前に仕留めるべく、全力で土属性の詠唱を繰り返し、無数の刃で彼の身体を貫いた。それでもなお、男は踏みとどまり続ける。……流石にこのままでは私のエーテルがもたない。覚悟を決めた私は腰を落とし、燃える鉄鎖を握りしめた。
――拘束されて動けないのであれば、その原因を、絶つ!!
雄たけびとともに腹と背中に力を籠め、私はそれを、大きく振りかぶった。
リットアティンは鎖に繋がれたまま大きく宙を舞い、背後の大型魔導トランスポーターへ激突した。金属音と、骨の折れる音が響き、確かな手ごたえを感じる。
彼の今際の叫びと共に爆音が響き、トランスポーターから大きな光柱が上がり、天を貫いた。
一転して、その場が静まり返る。私はドッと背中から汗が噴き出すのを感じながら、エーテル薬を呷り、全快魔法『ベネディクション』を施す。すると、全身の火傷や擦り傷は一連の戦いなど無かったかのように消えてゆく。
程なくして光柱を目撃したアルフィノ殿から勝利を称えるリンクシェルがかかってきた。
「まさに天賦の才だ。共に戦うことができて、私は幸せだよ」
「――ええ。こちらこそ。アルフィノ殿の策あっての勝利です」
弾む声に、私は通り一辺倒の返事をし、報告連絡を終えた。
連絡が終われば、トランスポーターの機械音が轟轟と角に響く。
周囲を見渡せば、私に敗北した兵たちの亡骸が、焼けただれた地面のそこかしこに転がっている。
あれだけの執念を見せたリットアティンは、ちぎれた鎖を握ったまま消し炭と化し機械の下に横たわっていた。
治癒魔法に憧れて。誰かを助けたくて修行を重ねてきた。
――その果てが、こんな。
そこまで考え、私はかぶりをふった。今は感傷に浸っている暇はない。グリダニアのみならず、エオルゼア全土の命運が掛かっているのだから。そう自分に言い聞かせ、私は勇敢で誇り高き敵将と部下たちに、静かに祈りを捧げた。
――その後、一連の作戦は順調に進行し、最終段階へと到達した。
リットアティンとの闘いで傷ついた装備を修理した私は、『暁』の血盟の精鋭数名とともに、シドのサポートを受けながら『カストルム・メリディアヌム」を突き進む。
その先では魔導兵器を伴った兵団、そして若き敵将『リウィア・サス・ユニウス』とも戦うことになった。ガイウスへの焼けるような恋慕と、我々への憎悪をむき出しにする彼女は、砂の家の虐殺を主導した張本人だ。
実際に対峙すると、声も背格好も年若い女性であり、どこかやるせない思いが沸き上がってくる。若く、純粋な妄信は、ここまで鋭い刃に成りうるものか、と。
一方、同行していたメンバーは仲間の弔い合戦に、一段と気合が入り見事な連携を見せてくれた。
魔導兵器の苛烈な雷撃にも怯まず戦い抜き、最後は斧術士殿の斬撃によろめいた所を槍術士殿の槍が彼女の心臓を貫いたのだった。
仲間を、居場所を奪われる側の苦しみを知った彼女はガイウスの名を叫び、こと切れた。
こうして私達はついにアルテマウェポンが待つ魔導城プラエトリウムへ進軍した。
エンタープライズで空路から侵入し、警報と爆音が鳴り響く鋼鉄の城内を私たちは全速力で駆け抜ける。
すると、意外にも敵将・ガイウスは早々に私達の前に姿を現し、自らの軍門へ下るよう勧誘してきた。どうやら、シドは帝国にいた時代にガイウスと懇意にしていたらしく、そこに協力の可能性を見出したようだ。彼は、シドの父親ミドの話を引き合いに出し、巧み揺さぶりをかける。ミドはあの『メテオ計劃』の中枢を担っていたが、晩年そのことを後悔していた。息子への謝罪をしていたのだ、と。
シドは彼の言葉にやや揺らいだ様子も見せたが、すぐに首を横に振った。「技術は自由のためにある」という彼の信念は、ガイウスの思想とは決して相いれないものであったのだろう。
彼の決断を見届け、私も彼の誘いを断ると、ガイウスは「――そうか」と背を向け、魔導兵器を仕向けてきた。ここから先はもう完全な敵対者として接するつもりらしい。
大型兵器を退け城の奥へ進むと、魔導アーマーの格納庫に見覚えのある機体が見えた。蛍光色の耳状パーツ……間違いない、ミルラが整備し、私を載せてカストルム・セントリで活躍した改造機である。
しかも向こうもそのことを記憶していたらしく、私が視界に入ったとたん、全速力でこちらに駆け寄り、半ば強引に私を搭乗させた。私が目を白黒させていると、リンクパールの向こうで「随分好かれたもんだな」とシドが笑う声が聞こえてくる。
幸い魔導アーマーは他の機体もあったので、同行メンバー全員で拝借し、防衛装置や扉を破壊しながら、私たちは更に奥を目指した。
しかし格納庫への通路の奥に砲撃でも傷がつかない特殊な壁が行く手を阻む。シド曰く『超硬サーメット合金』と呼ばれる素材で、アーマーを臨界起動させた状態で砲撃しなければならないと言う。
機体の回路への深刻な損傷覚悟で発動するものらしく、私が逡巡してると、突如アーマーの座席が跳ね上がり、私半ば落馬させられるような恰好で降ろされる。
……そして止める間もなく、自ら凄まじい駆動音とともに特大の砲撃を壁に叩きつけた。轟音とともに壁がボロボロと崩れ落ちるのを見届けた機体は煙を上げて崩れ落ちる。
「貴方、まさか自分で……」
「――……―…―」
アーマーは私の言葉に答えるように複眼をチカチカと光らせると、そのまま消灯し、駆動音が止まっていく。私は目を伏せ、機体の頭部に手を置いた。
「ありがとう、勇敢で心ある機械よ。貴方のことはずっと忘れません」
そう言い残し、私はアーマーを残して壊れた扉の先へ駆けた。
気持ちを切り替える暇もなく、その先で今度は軍団幹部のひとり、ネロ・トル・スカエウァが私達の行く手を阻む。ただ、彼はリウィアやリットアティンとは違い、あくまで『超える力』を持つ私達の戦闘力の分析、そして自ら傑作と豪語するアルテマウェポン起動の時間稼ぎだという。
しかし、彼もまた並々ならぬ執念の持ち主であり、天才技術者であるシドを超えるため、外法ともいえる兵器開発に尽力していたのだと、彼自身の口から語られた。
彼はハンマー状の特殊な武器や城内の電気罠を駆使して私たちと対峙するも、最初に宣言していたとおり、まともに勝利する気は無かったらしく、時間が稼げたと見るや、目くらましをしていずこへと退散していった。
シドの案内を頼りにアルテマウェポンの格納場所への昇降機に乗った私たちだが、そこへガイウスが乗り込んできた。不意打ちかと身構えるが、あくまで彼は正面からの対峙を好むらしく、自らの覇道の大義を朗々と語り始めた。
曰く、エオルゼアには求心力のある絶対的な指導者がおらず、故に民が一つになれず、不安をもとに蛮神を召喚し、エーテルを浪費するという悪循環に見舞われている。故に力ある自分がこの地を統べるべきなのだと。
彼の言葉に、私は即座に反論することができなかった。各地の蛮族と呼ばれる獣人たちはいずれも各国との領地争いに身を置いており、力ある存在に縋るように蛮神を召喚している。
そういった意味では一見彼の言い分も一理あるように思えるからだ……しかし。
「……今この状況で、貴方にそれを語る資格はございません。蛮神問題に尽力していた我が暁の同胞を虐殺したこと。忘れたとは言わせませんよ」
「なるほど、対話すら拒むか。エオルゼアの英雄よ。では力を以て雌雄を決するのみ!」
そう叫ぶと、彼の鎧に紫電が迸り、金色に輝き始める。私が弓を構えると、他のメンバーも武器を構え、敵将との直接対決が始まった。
直前に戦った幹部らと比べ、ガイウスの戦いの技量は相当のものであった。大規模な爆撃ばかりに頼らず、独特の技法で中長距離攻撃を繰り出し、こちらを翻弄してくる。
私は陣形を崩さぬよう指示し、槍術士殿や呪術士殿の支援と敵の妨害に徹する。
狭い場所での戦いづらさを感じながらも、相手の動きに慣れてくるにつれ、人数差で押し始める。
そして粘り強く戦った後、隙を見極めた槍術士殿の一撃が決まり、勝敗は決した。
しかしどうやら連戦の無理が祟ったせいで筋肉を傷めてしまったようだ。まだ戦える、と強がる彼女だったが、このままでは歩くのも儘ならなくなるだろう。私は首を振り、後発軍へ連絡を取ってともに撤退するよう指示をし、彼女は目に涙を滲ませながら小さく頷いた。
一方のガイウスも満身創痍のままアルテマウェポンの元へ向かっているのが見えたため、とっさに弓矢を構えて一矢放つも、何者かの結界に阻まれてしまう。
見上げれば、暗がりからアシエン・ラハブレアが這いずり出るように出現する所であった。
その隙にガイウスの搭乗を許してしまったらしい。
「見せてやろう!このアルテマウェポンの真の力を!」
ガイウスの声と共に、チャンバーの床へ機械の獣が降り立つ。
当初予定していた5人から1人欠けた状態であることに不安を募らせるメンバーたちを私は奮い立たせる。
「大丈夫。蛮神の攻撃を思い出して、鍛錬通りに!彼女の分まで、私が力を振り絞ります」
全員、生きて帰りましょう!そう声を張ると、皆息を呑み、大きく頷いた。
その言葉通り、いざ戦闘が始まると、激戦ながらも皆、冷静に己の役割をこなしていった。
タイタン、ガルーダ、イフリート……かつて戦った蛮神の術技を見切り、着実に反撃を加えていく。
途中、リミッターを解除した強烈な拘束や超広範囲魔法が発動されそうになったものの、ハイデリンの声と共に、凄まじい光の力がもたらされ、蛮神たちは、1体、また1体とアルテマウェポンから引き剝がされていった。
そしてすべての蛮神の力を失い、ガイウスの声に焦燥がにじみ始めたとき。ずっと遠くで様子を見ていたラハブレアがおもむろにこちらへ転移してきた。そして、彼に囁いた。このアルテマウェポンには究極の力が備わっている。蛮神を吸収したのもそれを発揮するために過ぎなかったのだと。
事態を怪しんだガイウスが制する間もなく、男は一方的に兵器に備わった究極魔法「アルテマ」を詠唱し始める。
ただならぬ気配を感じ、私が咄嗟に結界を張った瞬間、角が砕けるような轟音、そして振動とともに、周囲に凄まじいエーテルの気配が通り過ぎた。目を開けば、自らの結界の外に光属性の強固な守りが展開されており、その外は瓦礫と火の海と化していた。
高笑いするラハブレアと対照的に、ガイウスはあまりの威力に絶句していた。しかし、今更後には退けないのか、まともに操縦が効くかも分からないアルテマウェポンを再起動させ、戦闘が再開される。先ほどとは異なり光線や衝撃波による強力な攻撃が次々に襲い掛かり、私たちは苦戦を余儀なくされた。しかし、操作を習熟していないのは向こうも同じ。所々に生じる隙を見極め、諦めずに獲物を、魔力を叩き込んでゆけば徐々に風向きがこちらへ向き始めた。
やがて、やぶれかぶれになったのか、或いはラハブレアの悪意による操作か。
アルテマウェポンは先ほどの「アルテマ」を再度発動しようと力を溜め始めた。
先ほどの光景を思いぞっと背中が泡立つが、よく考えればこれは好機。――詠唱中動けないのであれば、詠唱が完了するまでにこちらの最大火力で破壊してしまえばよいのだ。
私は呪術士殿に最大火力の魔法を叩き込むよう指示し、支援の戦歌を奏でた。そしてそれを見ていたのか、ハイデリンもこちらへ力を貸してくれたらしい。
呪術師殿の限界を超えた一撃により疑似的な隕石が降り注ぎ、機械兵器は詠唱を完了することなく、爆発炎上した。
爆風に吹き飛ばされ、地に横たわるガイウスを一瞥し、ラハブレアは「無様だな」と吐き捨てる。そして不意に笑みを消し、ゾッとするような冷たい視線をこちらへ向けてきた。
私は弓を握りしめ、周囲のメンバーの様子を伺う。
ずっと戦い続けてきた戦士殿は大小多数の傷を負っており、幻術士殿は度重なる詠唱で魔力も声も枯れかけている。呪術師殿は、先ほどの術の反動で完全に目を回していた。
――これでは、とても戦えない。
そう判断した私は、幻術士殿に人数分の転送券と薬草を渡し、撤退を指示した。彼は悔しそうに顔を歪めながらも「分かりました」と短く返事をし他のメンバーに券を配ることで私の意志を伝達してくれた。そして転送術が発動したとき、感づいたラハブレアがこちらへエネルギー弾を放ち、私が近くの柱を倒してそれを防ぐ。土埃が舞う中、一瞬呪術士殿を小脇に抱えた斧術士殿が「絶対勝てよ!!」と叫びながら転移の光に包まれるのが見えた。
「最後は光の使途しか残らなんだか。所詮は成り損ない……脆いものだな」
嘲笑するラハブレアの声を聞きながら、私は瓦礫の陰に身を隠す。恐らくこちらの位置はバレているだろうから、その前提で戦うしかない。そう腹をくくり、周囲のエーテルを繰って場に攻撃陣を密かに並べていく。
彼はハイデリンを星を蝕む病巣とし、自分たちの『真なる神』の降臨を目論んでいる。そのためには神殺しの力を持つ我々光の使途が邪魔になるのだという。
「ハイデリンの光の使途よ、闇に抱かれて消し飛べ!!」
そう叫んだ瞬間、背後に気配とともに強大な魔力を感じ、私は大きく身を翻した。
無属性の魔力の刃が顎を掠め、鱗が数枚炭化する。
即座にカウンターの仕込み陣を発動させ、岩の刃を叩き込もうとするが、ラハブレアが手を翳すと、岩はボロボロに砕けて四散していく。
「――フン、児戯のつもりかね?」
息を呑む私に彼はサンクレッド殿と同じ顔であざ笑い、手を軽く翻す。すると、先ほど仕込んだ攻撃陣が、まるで砂を崩すかのように霧散していくではないか。
ならば、と弓を構え、無数の矢を放つが、ラハブレアが手を翳すと全てはじき返されてしまう。
動揺した隙を突かれ、エネルギー弾が直撃し、壁に叩きつけられる。
傍らを見れば、愛用の弓が真っ二つに折れて転がっており、私は言葉を失った。
「遊びは終わりだ。真なる世界を統べるべき力、とくと味わうがよい」
「くっ……!」
石杖・タイラスを支えに立ち上がり、自らにリジェネを唱えてラハブレアに風属性や地属性の攻撃を叩き込んでいくが、まるで岸壁を釘で削るがごとく……まったく手ごたえが感じられない。
最早ラハブレアは回避も防御もせず、薄い笑みを浮かべたまま、強力な魔法を次々と見舞っていく。帝国軍幹部たちが命を削って発動した魔導ブースターと同等以上の威力の技を、この男は指先一つで次々と発動してゆく。
そして、仕上げとばかりにラハブレアは、周囲に魔方陣を敷き、強大な闇属性魔法の詠唱を始めた。慌てて陣を壊しに掛かるが、どれも信じられないほど強固で魔力が通らない。
数か所壊し終えたとき、頭上に巨大なエネルギー弾が出現し、直後、私は直撃を受けて地面に倒れ伏した。
凄まじい力に全身の骨が折られ、体が動かない。
その事実に、あの男は確実に私を滅ぼそうとする意志があるのだと、朦朧として意識の隅で感じる。
――圧倒的な魔力。炎のような強大な意志。双方持ち合わせた、絶対で完璧な天使い。
ああ、英雄なんて煽てられていたけど、そもそも自分ごときが対峙できる相手なのだろうか……?
暗くなる視界に身を委ねようとした、その時。
――あきらめてはなりません。
胸の奥が、大きく脈打ち、ハイデリンの凛とした声が響く。
――たとえ離れていても、貴方はけして独りではありません。思い出して。幼きころからの苦難の道のりを。その先に得た、数々の人の絆を!
その呼びかけに、私の脳裏に記憶が次々と蘇ってくる。
旅路を見送る海賊衆の歓声、森都で絆を紡いだ人々。雪原に笑う友の顔。砂の家で寄り添う『暁』の皆のまなざし。――そして、共に旅を続けるミルラの笑顔。
いつしか、体の傷と痛みは消え去り、暖かな力が四肢を巡る。
そして光のクリスタルが輝くエーテル空間の中、ゆっくりと立ち上がり、眼前のラハブレアに杖を差し向けた。
煌々と輝くタイラスを振れば、光の刃がラハブレアの身を貫く。しかし、その刃はサンクレッド殿の身体に傷一つつけることなく、ラハブレアの魂だけが空間へ投げ出される。
その瞬間を私は、いや『私達』は見逃さなかった。
暁の血盟員、三国の盟主、ガーロンドアイアンワークスの面々――。
私は隣のミルラの手を握り、彼らと共に、箒星の如く仇敵へと突撃した。
「これは……光の意志は人と人とを繋ぐというのか……!?」
驚愕の声を上げたラハブレアは、無数の光を浴び――ついにその身を四散させたのだ。