控えめオスラと花のうさぎ~過去編2(思春期編)
ウイキョウの日記
――今日も、なんてことない一日だった。
すっかり手に馴染んだ仕事をこなしている内にあっという間に一日が過ぎ、夜は新鮮な魚介を肴に安酒を併せたどんちゃん騒ぎになる。
いつもと違うことといえば、僕もとうとう酒を口にしたこと、だろうか。
下っ端の仕事である洗い物をするために早々に立ち上がろうとしたら、突然タンスイに「そろそろ酒の味も覚えとけ」と吸い物の椀に並々と酒を注がれたものだから、勢いに流されて沢山口に含み、軽く目を回す羽目になってしまった。
…お酒って水みたいに一気に飲んでいいものじゃないんだな…
――思えば、ここに来てからもう4年は経っている。
お酒は大人が飲むものとされることが多いが、その基準は地域によってバラバラだ。
まあ…少なくともこの海賊衆の社会ではかなり遅い方だったとは思う。
「仕事熱心なのもいいが、たまには肩の力を抜くことも大事だ。堅物のお坊ちゃんじゃモテないぞ!」とか言いながら、タンスイは大の字で伸びてる僕の額の鱗をつんつんと突き、他の衆も面白そうに僕を見下ろしていた。
なんだか、草原の外の世界では沢山の女性に好かれることが良いことみたいに言われることが多い。未だに僕には良く分からないことだけど…。
そしてタンスイはニヤッと笑うと、「今度『いい所』を教えてやる」と耳打ちしてきた。
……なんのことだろう…(あとお酒臭い…)
彼がいう『いい所』ってのは、クガネの花街にある食事処だった。
…といっても、それは表向きの話で。
店の実態はいわゆるその…女の人が男に夢を与える場所…娼館というやつだった。
タンスイときたら、その辺りのこと全然話さないで連れてくるものだから!
あれよあれよと暗くて香の香りが漂う部屋に通されて、慣れないお酒を注がれて、
女の人がその…む、胸をはだけていきなり僕にしなだれかかってきたものだから。
……鼻血を出して、気絶してしまった。それも、一晩中……。
気づいたら女の人が心配そうに僕を看病してくれてた。うう…恥ずかしい。
状況を理解してガックリしているボクを見て、ヒューランの女性…「クバク」さんは可笑しそうに笑う。
長い黒髪に撫子色の瞳をした、静かな色気を感じる人だ。その手のことに慣れない僕は視線の置き所に困ってしまう。
けれど、一瞬その色白の顔が苦しそうに歪んで、お腹を抑えはじめたので、僕は慌てて体を支え…愕然とした。
着物の隙間から…大きな痣が見えたんだ。
それを見たとき、フワフワ、ドキドキした気持ちは全部吹き飛んでしまった。
そんな僕の表情を感じ取ったのか、クバクさんは不快なものを見せた、と僕に謝る。
僕はすぐに首を横に振り、癒し手として見てられない、治療させて下さい、と言って、返事を待たずに痣に治癒魔法を施し始めた。
クバクさんはちょっと呆れているようだったけど、黙って治療を受けてくれた。
…でも、あっという間に時間が来て追加料金を払う為の持ち合わせも無いので、今日は帰ることにした。
今日は、また例のお店に行った。
あの後、クバクさんの怪我がどうしても気になっていたものだから…。
そこそこ懐の痛む指名料を支払い、時間いっぱい治療に専念した。
クバクさんは「金を払っておきながら手を出さないなんて」と呆れながらも、軟膏を塗り、治癒魔法を詠唱する僕を黙って見つめていた。
そして、ぽつりぽつりと怪我をした経緯を語ってくれた。
元々、クバクさんは歌や三味線で人を楽しませる仕事をしていたらしい。
日々、厳しい稽古を積み重ね、最近ようやく認められて座敷に出ることを許された。
…だけどそれも束の間。たちの悪い客が泥酔して大暴れし、咄嗟に仕事仲間を庇って大痣が残るほどの打撲を負ってしまった。
その結果、怪我の痛みで歌を唄うことが出来なくなり、この店に売り飛ばされるので形で厄介払いされてしまったのだと…。
「あの女を庇ったせいで、私の人生は滅茶苦茶。この痣じゃあ碌な客も、金もついてきやしないわ」
そう自嘲するクバクさんに、僕はぽつりと訪ねた。「その痣が…痛みが無くなれば、また唄えるの?」と。
「…そりゃあ、そうだけど。そんなことをしてアンタに何のメリットがあるの?」
「分からない…でも、僕は癒し手だから。治療すれば元気に唄えるのに、見捨てるなんて、出来ない」
僕の返答に、クバクさんは大きなため息をつき「……変な男」と呟いた。
そして、店主には黙っていることを条件に、今後は治療のために出入りすることを認めてくれた。
治療費を払わない代わりに指名料も取らない。勿論、『手を出さない』ことを条件に。
ありがとう!と表情を明るくする僕を見、ほんの少しだけ、彼女が柔らかく笑ったように見えた。
あれから僕は何日か置きに幻具と薬茶、手製の丸薬を手に店へ通うようになった。
もちろん毎回船に乗ってたら行き来が大変なので、最低限の装備と薬を背負って、テレポの魔法を使うんだけど…砦前のエーテライトに向かう度、なんだか生暖かい目で見られてる気がする…。
日常の仕事や勘定の勉強の合間を縫って準備をするのは決して楽では無いし、交通費も馬鹿にならない。…けれど痣が少しずつ薄れているのを見ると、頑張ろうって気になれる。
それに…今日は、初めてクバクさんが唄を聴かせてくれたんだ。
もちろん、痛みがあるから唄えるのはほんの短いフレーズだけだったけど…。
何年か前にクガネの街角で耳にした唄に勝るとも劣らない、透き通った美しい歌声だった。
「綺麗な声だ。いつか1曲全部聴いてみたい」
僕がそう零すと、彼女は一瞬目を丸くし、照れくさそうに目を細めた。
気を良くした彼女はなんと愛用の三味線まで触らせてくれた。アジムステップに居た頃、似たような弦楽器をちょっとだけ演奏したことはあったけど、全然勝手が違って、目的の音を鳴らすので精一杯。
これを簡単に演奏して見せるクバクさんは本当に凄いなぁ…。
しみじみそう思いながら、僕は先ほどのフレーズを口ずさみながら帰路へついた。
今日、一日の仕事を終えて丸薬作りをしていたら、タンスイに声を掛けられた。
いつものように、さもない世間話に花を咲かせていたんだけど、なんだかピリついた雰囲気を感じて、どうしたの?と首をかしげると、タンスイは言いづらそうに話を切り出した。
…どうやら、僕が余りにも頻繁に娼館に通っていたので、遊女に貢いで散財しているのでは、と心配していたようだ。ここの所丸薬をかなり多めに作っていたので、それを売りさばいて小遣い稼ぎしているのではないか、とも。
疑われているのを知って僕はかなりショックを受けた。
――無断の金策がこの海賊衆においてご法度であることは、何度もツキカゲ親分に言い聞かされてきたことだ。海賊衆の内部で不毛な争いの火種になりかねないし、何よりこの不安定な情勢下において、市場の動向や力関係を見極めずに取引を行うことは、海賊衆の立場を…場合によっては身の安全すら脅かしかねないから。
僕もそのことはとうの昔に理解していたし、だからこそクバクさんとも極力お金のやり取りが発生しない方法で治療を進めていた。
…けれど、確かに傍から見ればそう懸念してしまうのも納得がいく。
僕は内心クバクさんに謝りつつ、言いふらさないことを条件に、ことの経緯を明かした。
その上で、無断な金策や無計画な散財もしていない、ただ怪我をした人を個人的に助けているだけだと、繰り返し説明した。
僕があんまり切々と説明したのが可笑しかったのか、タンスイは苦笑いし、僕の頭を無造作に撫でた。
「ま、せいぜい気張れよ~色男!」
そう嘯いて、去っていく後ろ姿を、僕はホッとしたような、少し拍子抜けのような…何とも言えない気持ちで見送った。
今日はまた、クバクさんの治療に行った。
…と言いたい所だけど、残念ながらクバクさんは接客で予定が埋まっていて手が離せないらしい。
何でも、クガネでもかなりの地位の商人がまとまった時間を指名したとか。
痣が薄れてきたおかげで『遊女』としての客が徐々に戻り始めていることは本人からも聞いていた。
彼女の本来望む仕事では無い上、体に負担の掛かるものでもあるので、あまり素直に喜べない所だけど…。いずれこの店を出て自立することを考えてもお金は必要なのだろう。
そう自分を納得させ、帰路につこうとしたとき、ふと僕は思い立った。
――もしかして、たちの悪い客に怪我を負わされているのは、クバクさんだけじゃないのでは?と。
僕は話が終わって店に戻ろうとする女中さんを呼び留め、物陰でそっと訪ねてみた。
彼女はしばらく黙っていたが、やがて少しずつ事情を教えてくれた。
どうやら…僕の予想は的中していたようだ。
そもそもこの店自体が、何らかの理由で前職を追われた者が集められ、安い遊女として働かせるような所。職を失った理由には客の…とりわけ帝国関係者の暴力が関連していることも多い。そして、この店自体の客層も似たようなものなので、接客中に怪我を負うことは珍しくもないという。
口惜しさとやるせなさを滲ませながら語る女中さんに、僕は手元の丸薬から怪我一般に効くものを取り出し、手渡した。代金は要らない、どうか苦しんでいるお店の人達に手渡してあげて欲しい。
そう告げると、女中さんは涙ぐみながら深々と頭を下げた。
あれ以来僕は、他の遊女さんの治療にも当たるようになった。
客の暴力による外傷を追った人、無理な接客や生活が祟って病気になっている人…事情を聞けば聞くほど、居たたまれない気持ちになってくる。
形は違えど、日々身を削って生きている姿が、なんだか他人事とは思えない。少しでも力になりたい。
そんな想いで毎日のように薬を調合して、治癒魔法の鍛錬も重ねていった。
だけど、今日になって、いつも薬を患者さんに届けてくれていた女中さんが、突然薬を受け取るのを拒否するようになってしまった。
なぜ、と尋ねようとしたとき、奥の間からクバクさんがスッと姿を現し、女中さんは逃げるように店の奥に下がってしまった。
クバクさんは幾分苛立った様子で僕の手を引いて座敷に入り、「何故ここのところ自分の所へ来ず、他の女の所へ行っているのか」と詰問した。
僕は彼女の豹変ぶりに戸惑いつつながらも、クバクさんと同じように治療に通っていたこと打ち明ける。
そしたらクバクさんの表情が幾分和らいで、いつもの治療を頼んできた。
痣の方は殆ど目立たない程に薄れたので一安心。
体の治癒力を高める内服薬を出し、残りの時間は唄の練習に付き合うことに。
僕はたどたどしく三味線を鳴らし、クバクさんがそれに合わせてゆっくりと唄を奏でる。
最初の頃に比べたら、断然声に張りが出ているので、完治は目の前かもしれない。
美しい旋律の中に、重々しさ、切なさのようなものを感じ、思わず聞きほれてしまう程だ。
これだけ素晴らしい唄が唄えるのなら、きっと多くの人の心を震わせ、豊かにするだろう。
きっとそれが彼女の本来望んだものだろうから、癒し手冥利につきるというものだ。
唄に聞き入っていた僕を見、クバクさんは満足そうに微笑んでいた。
帰り際、クバクさんは僕の手持ちの薬を一旦彼女に預けるように言った。
後で他の遊女へ手渡しておくから、と。
…確かに、遊女さん達は接客の状況によって会えないことも多いし、続きの薬を渡すだけなら一つの手かもしれない…本当は、直接会って傷の具合を見るのが一番いいのだけど。
僕はクバクさんの好意に甘えて薬を手渡し、店を後にした。
…そういえば、エーテライトまでの帰り道の途中、なんだか視線を感じたのだけど、如何せん人が多すぎるので、良く分からなかった。…なんだったんだろう…。
今日、船の整備作業をしていたら、ラショウに呼び出された。
随分と難しそうな顔をしていると思ったら、話題はまた薬のことだった。
どうも、最近出どころ不明の薬類が格安で市場に出回り、商人や錬金術師の間で不穏な空気が流れているらしい。何か知っているか、と幾分厳しいトーンで問い詰められ、僕は首を横に振った。
改めて事の経緯を説明し、娼館の遊女たちを看病しているが、お金は取っていない。薬類は無料で手渡している、と伝える。
ラショウはしばらく考え込み、何か話を切り出そうとしたとき、タンスイが僕を訪ねてきた。
僕に伝えたいことがある、と前置いた上で話を切り出した。
――曰く、クバクさんがクガネの豪商に見初められ『身請け』をされることになったのだと。
『身請け』の意味がよく分からなくて首をかしげていたら、要は『お妾さん』のようなものだ、ラショウが説明してくれた。
……僕は、育った環境が特殊だったけれど、世間では男女が結婚して家庭を持つことが一般的であることは、流石に理解している。
基本は男女一組ずつが夫婦になることが多いけれど、時にはお金持ちの男性が何人もの女性を妻や愛人にして、一緒に暮らす場合があるのだということも。
それを思い、僕は「よかった!」と呟き、大きく頷いた。
勿論、あそこで働いている遊女さん達を卑下するつもりは無いし、ああいった職業が必要とされるのも現実だ。けれど…一生涯続けられるお仕事だとは思えない。
いつ乱暴な男の相手をさせられるか分からない環境にいるよりも、一人の旦那さんに大切にしてもらえた方がずっと良いに決まっている。
「もうあんな怪我をすることもないんだ」と僕が安堵していると、ラショウとタンスイは驚いて、どこか複雑そうな顔をしていた。…何か変なことでも言ったかな。
ともあれ、疑いの件は納得して貰えたみたいでよかった。
クバクさんに贈るお祝いの品を考えなきゃな…。
今日は、娼館を去るクバクさんの最後の診察の日だった。
結局、お祝いの品は手製の香油と名店の菓子をほんの少し。
いち海賊の僕が用意できる精一杯のものを、薬と一緒に渡し、クバクさんも受け取ってくれた。
…だけど、彼女の表情は何処か浮かない。
品物が粗末で呆れてしまったのだろうか…と焦っていたら、クバクさんは何を思ったか僕の手を強く引き、そのまま敷かれた布団の上に押し倒してきた。
前に突き出ている僕の角が刺ささりやしないかと体を固くしている間に、彼女は胸元をはだけ、僕の服に手をかけ始めた。
僕が慌てて強い口調で静止すると、クバクさんは「あんなバカみたいに貢いでくれたんだもの。一度くらい夢を見たってバチはあたらないわ」と妖艶に笑う。
僕は黙ってかぶりを振り、彼女を傷つけぬよう体を押し返し、着物の裾を正した。
――ここに来る前、彼女が、既に娼館のお勤めから身を引いたことを女中さんから聞いていた。ここで彼女の奉仕を受けたりしたら、不義の行いをしたとして、彼女自身の立場が危うくなってしまうだろう。
「こんなことのために僕はここに来たんじゃない。せっかく旦那さんと幸せになれる時が来たんだ。大切な機会を棒に振ったりしちゃ、ダメだ」
だから、と言おうとした瞬間、何かが僕の横で宙を舞い、後ろで何かがぶつかり、割れる音がした。
驚いて振り返ると、そこには彼女が愛用していた三味線が無残な姿で転がっていた。
「『こんなこと』ですって?何度も、何人もの遊女の部屋に上がり込んでおいて良く言うわ」
呆然とする僕に彼女は眉を吊り上げ、声を荒げた。
「――屈辱だったわ。何度肌を見せても、体を寄せようとも、ただの一度もその気を起こさない。お陰で、私の遊女としての矜持はズタズタよ!!」
そうして彼女は僕の手を振り払い、
「そのガラクタを持ってすぐに出て行って頂戴。二度と私に顔を見せないで!」
と、吐き捨てるように言い、奥の間へと姿を消してしまった。
……僕は、真っ二つに折れた三味線を抱えたまま、なすすべもなく店を後にした。
途中、なんだかこちらをジッと見つめる視線を感じたけれど、多分、今の騒ぎに驚き、怯える店の人だろう。
ああ、何がいけなかったんだろう。何度自問しても答えは出ず、僕はトボトボと帰路についた。
――あれから僕は、気落ちしながらも、いつも通りの生活を送っていた。
診察のため久しぶりに直接遊女さん達の部屋へ行くようにもなったんだけど、何故か、傷や病気の具合が前に会った時と殆ど変わっていない。…うーん、薬が合っていなかったのだろうか。
もちろん、海賊衆の仕事や日々の勉強・鍛錬も欠かさず続けている。
そのせいか。…それとも僕の気落ちぶりを見て気を遣っているのか、ラショウやタンスイもあれ以来、何か言ってくることは無くなっていた。
夕の酒盛りを終え、皆が眠りに就こうとしている時間になったとき。
突然、見張り役が『僕を訪ねてきた人が居る』と伝えてきた。
何だろう、と首を傾げ(念のため弓を背負って)指定の場所へ向かうと、なんと、そこにはクバクさんの姿があった。
時間も遅く、周囲は魔物の巣窟。僕は慌てて大丈夫かと尋ねたら、彼女は苦笑し、頷いた。
どうやら、身請け先の従者を伴って来たらしく、言われてみれば確かに、少し遠くに身なりの良い男女複数人が控えているのが見えた。
落ち着いて話がしたいので砦の中に入れて欲しい、と頼まれたけれど、流石に部外者を入れるとなると、頭領・親分格に確認しないといけない。
そう伝えると、クバクさんは静かに目を伏せ『だったらここで良いわ』と話を切り出した。
―このあいだは、酷いことをして申し訳なかった。これが最後の機会だから謝りにきたのだと。
まるで人が変わったかの様な穏やかさに少し戸惑ったけれど、よくよく考えたら、治療を受けているときの振舞はこんな感じだった。きっと生活環境が変わって不安になっていただけなのだろう。
僕は、「気にしないで。元気そうで良かった」と笑いかけ…ふとその時大事なことを思い出し。
砦に戻り、用意していたものをクバクさんに手渡した。…彼女の愛用の三味線だ。
目を丸くする彼女を見、僕は「自分で修理したから、前と少し音は変わっちゃったけど」と頭を掻く。
「ずっと大切そうにしていたから。よければ受け取って欲しい」
そう告げると、クバクさんは体をかすかに震わせ、「変な、男」と呟いた。
また気に障るようなことを言ってしまっただろうか、と僕が眉根を寄せていると、クバクさんは、静かに三味線をかき鳴らし、唄を歌い始めた。透き通った声に、どこか切なさを感じる旋律。歌詞は…多分東方の古い言葉で僕にはまだ理解できるものでは無かったけれど。とても心に響く旋律だった。
ひととおり唄い終えてしまうと、クバクさんはどこか憑き物の晴れたように微笑み、
「さよなら」
そう言って、従者の元へと踵を返した。
これで彼女もすっかり雲の上の人。少し寂しいけれど、明日からきっといい日々でありますように!
僕はお元気で!と大きく手を振った。