控えめオスラと花のうさぎ~過去編2(思春期編)

■■■■■の語り

――そして、ひと月ほど経った、夜更けのことでした。
何時ものように早めに眠りについたウイキョウですが、俄かに外が騒がしくなり、目を覚ましました。
見れば、数日前に整備したばかりの船の帆が大きく燃え上がり、怒号と銃声が飛び交っているではありませんか。
彼は素早く弓を背負い、幻具を握り、ラショウ、タンスイらと合流。
頭領の指揮により、速やかに後方支援に回りながら、ウイキョウはなぜこんなことに、と眉を顰めます。
…その時。不意に岩陰から刀を持った男がラショウに切りかかるのを見、彼は、魔物に襲われた時のように反射的に弓を構え、魔力を込めた矢を放ちました。――矢は急所へと違わず突き刺さり、男は低いうめき声を上げて地に伏します。
ウイキョウにとって、魔物ではない『人』を殺めたのは、実はこれが初めてのことでした。
彼は呼吸短く、弓を下ろし、手を震わせますが、増え続ける負傷者を前に自らを奮い立たせ、得物を幻具に持ち替え、砦を駆けずり回りました。

夜襲であったため、一部船の被害は受けたものの、幸い大きな被害も出さず鎮圧されました。
襲撃者たちは練度の低い傭兵のかき集めだったようで、勝ち目が無いと分かると、次々と逃げ出し、降参してゆきました。
後方支援がおちついて、合流したウイキョウは頭領格のメンバーの治療に取り掛かりますが、その過程で安置される遺体の中に、自分が殺した傭兵の亡骸を見つけ、思わず胃液を戻してしまいます。それをあざ笑ったのは、敵の主犯格。…なんと、先日クバクを身請けしたクガネの豪商そのひとでありました。

豪商の男は、半ばやけになっており、手足を拘束されたまま、ことの真相をあけすけに話し出します。
――自分は元々、違法薬物や盗品の流通などに手を染める闇商人であった。しかし、帝国のドマ属州化によりその流通経路が絶たれ、途端に生活に困るようになった。…帆別銭で食い扶持を維持する海賊衆が疎ましくなったのだと。 そんな折に帝国側が彼に接触。武器の流通等の面で手を貸す代わりに帝国側から膨大な報酬を得て、近年ではクガネでも発言力を持つほどの豪商にまで上り詰めることが出来た。
そして、彼と同じく海賊衆を疎んでいた帝国は、力を付けた男と結託。武力での海賊衆殲滅を企みます。

しかし襲撃にも大義名分がいるだろうと悩んでいた折、花街で『慈善活動』をするウイキョウの噂を耳にしました。これ幸いと男はクバクに接触。……このとき彼女は傷こそ快方に向かっていたものの、心の内には暗雲が立ち込めていました。
他の遊女へ送られた薬を女中から取り上げ、使いもせず貯めこんでいるのを目の当たりにした豪商の男は、すぐにそれが嫉妬・愛憎による行動だと理解します。そして…その心を慰めるそぶりを見せながら、店に大金を積み彼女を身請けしたのです。――海賊衆を貶める、道具として。

豪商の男は、クバクが貯めこんでいた薬類を買い取り、わざと安い価格で市場に横流しし。同時に海賊衆が市場を荒らしていると触れ回り、悪評を広げようとしていました。
さらに、既に遊女の職を降りていた筈の彼女を「袖に振ったことを後悔させてやれ」などと言って唆し、ウイキョウに不貞の汚名を着せるため誘惑させたり、謝罪にかこつけて砦の内部を案内させることで今回の襲撃を助けるよう命じていたのです。
しかし、クバクは彼を誘惑することも出来ず、スパイの役割も全うしようとしませんでした。
――恐らく。縁談の話が進み、男が命令を重ねるうちに、聡い彼女は察していたのでしょう。このまま男の口車に乗れば、ウイキョウの故郷も、彼自身の命も危うくなるということに。 その現実を前にし……彼女はこれ以上彼に従わないことを選んだのです。

そんな彼女に男は激昂。一方的に離縁を言い渡し、クバクを離れに監禁しました。
そして、どうにかして代わりの策を練るも、思うように事が進まず、焦れた果てに十分な備えも行わないまま、今夜の夜襲に至ったのだと男は自嘲します。

 ウイキョウは拳を握り「クバクさんは満足な食事を取れているのか。まともな環境で寝起き出来ているのか」と声を震わせ、男は鼻で笑います。
「役に立たん女にくれてやるものなど、何もない。せいぜい死ぬまで下々の慰み者になればよい」と。

ウイキョウは突き刺すような視線で男を睨みつけ……しかしすぐにテレポを唱えてクガネへ転移し、タンスイと部下数名が慌てて後を追います。
聞き込みにより豪商の男の屋敷を探し当てると、既に屋敷は慌ただしく撤収した後でした。 大声でクバクの名を呼び、物が無造作に散らかる屋敷内を探し回り、最後に目に入ったのが敷地端の粗末な小屋。そのを開けた途端、埃と人の体臭…そして血のにおいがむっと鼻をつきます。
――その奥の粗末な寝台の上に、変わり果てたクバクの姿がありました。
骨ばった体に纏っていたのはぼろ布1枚。全身酷い打撲や火傷の跡。そして、足の付け根には短剣が突き刺さっており、鮮血が寝台を真っ赤に染め上げておりました。 ウイキョウはすぐに最大限の魔力を行使し治癒魔法を施しますが、既に壊死していた手足は元に戻ることは無く。息をしていることさえ奇跡のような有様でした。

――なぜ!どうして!
痛々しい打撲を何日もかけて治療して。跡もほとんど見えなくなって。柔らかく笑っていたのに。今度こそ優しい人の元で暖かな日々を過ごせると思っていたのに。こんな惨い仕打ちを受けなければならないんだ…!
項垂れ、床を叩くウイキョウに、クバクは骨ばった土気色の手を伸ばし、口を開きます。 しかし、喉もつぶれているのか、何を言っているのか分かりません。ウイキョウは手を取り、必死に呼びかけるますが、それも空しく…クバクはひしゃげた口元を笑みの形に変えたきり、静かに息を引き取りました。

ウイキョウはしばらく肩を震わせ項垂れていましたが、やがておもむろに彼女の亡骸を背負い、テレポを詠唱し始めます。ひとりどこかへ行こうとしているのを悟ったタンスイは彼を制止。
「お前には訊かなければならないことが沢山ある。その女のことはどうにか説明してやるから、砦に帰るぞ」
 と有無を言わさぬ口調で諭し、ウイキョウは黙って頷いたのでした。